6-3.貧乏令息からの、精一杯の贈り物
6-3.
……にも拘らず、ポッと出の婚約者から否定が入ってアリーは一瞬で苛立った。
「ただ……少し足りていないものがあるようです」
そういって、ちょっと笑い出したりするので、アリーは我慢がならなかった。
思わず飛び出しそうになった寸前、アリーの大事な主の手をその男は手に取って軽く頭を下げた。
「本当ならば跪いて捧げるべきなのですが、お披露目前に服を破くことになったら工房の方の努力がフイになってしまうのでこのままで失礼します」
そうして一歩下がって、小さな箱を差し出した。
「これは、私が自分の給金から買ったものなので、あまりに石が小さくて貴女をガッカリさせてしまうかもしれませんが。どうか受け取って頂けませんか?」
子供が少し働いた程度でグリード伯爵家の借金を減らすことなどできなかった。少額すぎることもあったし、ブル侯爵やブラン伯爵から『学生でいる間に、個人で欲しいものが絶対に出てくる。服や文具も必要だろう?』そう言われて手元においておくことにした。勿論それだけでは足りなくて、伸ばし続けてきた髪を売った分も合わせた。
どちらの金がなくともこの指輪には手が届かなかった。ブル侯爵とブラン伯爵、そして買取店の店主の助言に感謝した。
そのお陰でこうして胸を張って指輪を贈れる。
震える手で受け取ったアレッサンドラがその小箱を開ける。
中に入っていたのは、アクアマリンのパヴェリングだった。
金色のリングに数多のちいさなアクアマリンが埋め込まれている。中央の4粒だけ周りより少しだけ粒が大きい。そして少しだけ色が濃かった。
丸みを帯びたリングを沢山のちいさな石が彩るデザインはとても愛らしい。
「かわいい」
一粒一粒はちいさくとも光を反射して煌めく様子はとても華やかだ。
思わず漏れたアレッサンドラの感想に、ライハルトは目を細めた。
「……かわいらしいのに、綺麗ですね。嵌めて、戴けますか?」
「よろこんで」
潤んだ瞳で指輪を見つめるアレッサンドラが左の手を差し出すと、ライハルトは小箱を再び受け取って、中から指輪を摘まみ上げた。
そっと、その薬指に指輪を嵌める……嵌めようとして、ライハルトは息が止まった。
「あら」
アレッサンドラが掲げた左手薬指に嵌められた指輪はブカブカだった。
幅があるのでそうそう落ちはしないだろうが、とてもサイズが合っているとは言えない状態だ。
くるくる廻ってしまうこの状態では、到底ダンスの動きに耐えられないだろう。
「あの、すみません。私の小指のサイズで作ったのですが。その、女性の指のサイズがわからなくて。作り直してからもう一度贈らせてください」
慌てたライハルトの様子がおかしくて、まずはアリーが噴出した。先ほど怒鳴ろうとしたばかりだったこともあり、その落差に耐えきれなくなったのだろう。
もしかしたらダンスのターン時に指輪がポーンと飛んでいく様子でも想像してしまったのかもしれない。
肩を震わせて、必死に声を押さえようとしていたが完全に失敗している。
「アリー! 失礼よ」
アレッサンドラが慌てて叱ったが、ライハルトはそれを止める。
「構いません。むしろ笑い飛ばして戴けて、気が楽になりました」
片手で顔を隠しながら、ライハルトが力なく笑う。
そうして、ゆっくりと大きく息を吐いて、気を取り直した様子で笑って言った。
「慣れないことをするのはやっぱり難しいですね。やり直す時は是非跪かせてくださいね」
その眉の下がった笑顔に、今度はアレッサンドラの息が止まった。後ろにいたアリーともう一人の侍女も流れ弾に被弾する。
女性陣一同揃って上擦った調子でおたついている理由が分からず、ライハルトは不思議そうな顔を一瞬したが、なるほど、とばかりにもう一度ため息を吐いた。