6-1.お披露目会場にて
6-1.
結局、ライハルトはお披露目当日の会場についてもアレッサンドラになかなか会えなかった。
二週間でライハルトとエリハルトとデイジーがお披露目で着る礼装を仕立てるのは、公爵家御用達の腕利きが揃うドレス工房であっても難しいことだったようだ。
仕方がなしにエリハルトとデイジーは既製品に手を入れる程度のセミオーダーで手を打つことになったが、さすがにアレッサンドラとの婚約を発表する時にライハルトが身に着けるものが既製品モドキではラート公爵家の品位が下がってしまうということもあって、一番人気のデザイナーが張り切って描き下ろしてくれたのだ。
「普段はレディースラインしかお受けしていない私ですが、美しさに男女の区別など無いと知りました!」
デザイナーが張り切りまくって描いたデザイン画は、濃い緑のウエストコートに丈の長い上着を重ね、タイトなトラウザーズをサスペンダーで吊っている。説明だけならある意味至極普通なものだ。
けれど、ウエストコートの胸元は大胆に開かれ、背面部の編み上げによりウエスト部がしっかりと締め付けられたそれは、ライハルトの細いだけではないよく鍛え上げられた筋肉質の体躯が強調されるデザインであった。
ウエストコートはどっしりした練り絹の照りが美しい無地。そこに重ねるテールコートは濃い緑にレースに極々薄い黒の紗を重ねた瀟洒なモノだ。
トラウザーズも黒の練り絹で出来ており、タイトなので太腿の張りがよく分かる。
上着が軽い紗とレースの重ねで、裾や袖口にフリルが多用されているからだろうか。きちんと男性用としての形を取っているにもかかわらず、どこか女性用のドレスに見える。
「これが着こなせるのはライハルト様だけですわ!」
「ありがとうございます。時間のない中でこれだけの物を作り上げるのは大変だったでしょう。工房の皆さんにも感謝していたとお伝えください」
にこやかに礼を伝えるライハルトに、工房の者はみな、疲れを忘れて自分の作り上げた作品に満足した。
工房から引き連れてきたお針子と一緒になって、会場へ呼ばれるぎりぎりまで「ここのラインが」「ここはもう少し抓んで」などとデザイナーが粘っただけあって、ライハルトは一歩間違えば奇抜と言われかねないフェミニンなデザインの夜会服を完璧に着こなしていた。
なにより、アレッサンドラを象徴する黒を主体、緑を差し色にしたその服にライハルトの黄金を溶し込んだような短い金色の髪が一段と映える。
「そろそろお時間です。どうぞこちらへ」
侍女が部屋まで呼びに来た。
さぁ、ついに婚約発表だと背筋を伸ばしたライハルトを、お針子の一人が引き留める。
「ライハルト様の身体のラインが一番美しく見えることだけを考えて仕上げさせて戴きました。それで……激しく動かれると、その……糸が」
「切れてしまう?」
「……ハイ。申し訳ありません。デザイナーの先生が『どうしても』と仰るので」
「でも、ダンスは大丈夫ですよね?」
「余程の大技を使われない限り、大丈夫かと」
「余程の大技、ですか。リフトなどは?」
「えぇ。お勧めできません」
真剣な顔で頷かれて、ライハルトは笑い出してしまいそうだった。
道理で着付けの際、仮縫いでもないのにお針子たちがシャカリキになって針を握りしめてライハルトの周囲に張り付いている筈である。
「ワルツは?」
「基本的には、大丈夫だと思われます」
やはり大真面目なお針子に、ライハルトが笑って訊ねた。
「リフトをしなければ?」
「ハイ、リフトをしなければ」
最近の流行りはウィンナよりゆっくりとしたリズムのワルツだ。
三拍子でリズムも取り易く、それほど上級者でなくとも踊れているように見せかけることができるからだ。パートナー同士で組んで、身体を揺らしているだけでもそれらしく見える。
今日の為にライハルトが練習してきたダンスでもある。
ならば安心かと、ライハルトは頷いた。
「分かりました。心掛けますね」