5-9.貧乏伯爵家は別荘で再教育される
5-9.
ライハルトとエリハルトはそのままラート公爵家所有の別荘でお披露目会のある日まで過ごすように指示が出された。
「荷物を取りに一度寮へ帰ります。それに、学園へ休学届を出したり学園の斡旋を受けて働きに行っている騎士団へも連絡を入れたいです」
移動するのは構わないが学園で所用を済ませたいとライハルトは申し出たが、笑顔のラート公爵から「生活用品はすべて別荘に揃っている。足りなければ何でも使用人へ伝えるといい。学園と騎士団へはラート家から伝えておこう」と即座に却下されてしまった。
ライハルトはその金に飽かせた解決策に少し引いたが、父エリハルトが乗り気であったし、「明日には母デイジーも迎えに行く」と公爵から言われたこともあり、素直に従うことにした。
父と母が調子に乗って変なことを仕出かさないか不安になったからだ。
ライハルトに二人を窘めることができるかといえば全くもって自信はなかったが、離れた場所からヤキモキだけするより傍で監視していた方がずっとマシだと判断した。
だが蓋を開けてみれば、意外にもエリハルトもデイジーも大人しくしていた。
何故ならラート家の別荘に着いてすぐこそは、此処での二週間をたっぷり愉しむつもりなのか興奮した様子で、「明日は朝から屋敷中を隈なく案内して貰おう」「周辺を案内して貰おう。どんな遊びができるのか愉しみだ」といった発言を繰り返していたのだが、現実としては翌日からずっと、ふたり揃ってただひたすら講師から扱かれていたからだ。
父エリハルトと母デイジーは、長らく上位貴族における舞踏会からは遠ざかっていた。
伯爵家が没落してからというもの、せいぜいがダンスのない食事会や昼に行うお茶会だけ。貴族らしい会話術や所作は普段からやってこないと忘れてしまうものだ。ダンスも然り。
「この歳になって家庭教師から叱られることになるとは思わなかった」
公爵家の世話になって豪勢な生活を送るつもりだったらしい父エリハルトは合流した母デイジーと共に、毎日フラフラになるまで扱かれている。
なにしろ、この静かな森の中に建つ別荘で唯一の愉しみとなる筈の食事の席ですら講師に一挙手一投足を監視されながら、指導指摘を受けながらの時間なのだ。
「食べた気がしない」と、目の前のご馳走や高級なワインに浮かれる気持ちにすらならないようだった。
母デイジーに至っては元々が男爵家の出である。爵位はなくとも上流社会である平民の方がよほど裕福な暮らしをしていたであろう貧しい下位貴族の令嬢としてのマナーしか教えられてこなかったのだ。
そんなデイジーには、公爵家の大切な掌中の珠であるアレッサンドラを嫁に迎える姑として、縁戚のひとりとして求められるレベルには、ダンスも所作もすべてにおいて何もかもが足りていない。未知の領域だ。
毎日フラフラになるまで扱かれては夫であるエリハルトに愚痴とも甘えともつかぬ戯言を告げては、愛する夫に頭を撫でられて過ごしている。
両親の仲が良いのは善い事だと思うと共に、改めてこの夫婦の間に息子であるライハルトは存在していないのだと実感する。だが、そのことに傷つく時期はもうとっくに過ぎていた。今はただ最後の一瞬まで仲良くしていて欲しいと願うばかりだ。