1-5.葬式の夜に
1-5.
そうしてその日の夜。
子供はもう寝る時間だと告げられて、ライハルトは自室へ戻った。
使用人が寝支度を手伝おうとするのを、「大丈夫。忙しいんでしょう、もう行っていいよ」と告げると、少しだけ逡巡したものの突然の当主の不幸に屋敷の中は混乱している。結局は恐縮しつつも使用人は頭を下げて部屋から出ていった。
それを見送ったきり、ライハルトは動けなくなった。
たったひとつ蝋燭が点いた燭台以外、真っ暗な部屋。
その中で、ひとり立っているライハルトの目の前に、夕方からの出来事が、走馬灯のように浮かんでいく。
父が、勝手にグリード伯爵家当主の証を持ち出して財産をすべて債権、つまりは借金のカタとして差し出したという衝撃。
「それはすべて詐欺だ」と怒る祖父と、「そんな馬鹿な」と嘆く父。
尊敬する祖父から問い詰められる父の情けない姿。
そして、父が、その危険な投資に踏み切った理由について、「ライハルトの為」だと叫んでいた。
──今も壁の向こうからそう父が叫んで弁明する声が、この部屋まで届いてくる。
そうして、そのことを問い詰めていた祖父は、父に手をあげ、そうして……
そこまでの内容を順序だてて思い出した時、ライハルトの思考はぷつりと音を立てる様に途切れた。
意識を失ったライハルトの身体は、ぐずぐずとその場に崩れ落ちる。
いつしか、それを照らしていた蝋燭のちいさな炎も消え、すべてが闇の帳に隠された。
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カーテンの引かれていない窓から差し込んだ陽ざしが、ライハルトの頬を撫でていく。
そうしてその光が目に入り、ついにライハルトは目を覚ました。
手足は冷え切っていて、固い床に直接転がっていたせいか、身体中あちこち痛かった。
昨夜、呆然としたままでも庭仕事で泥のついた服だけは着替えていたようだ。だがそのボタンをひとつ掛け間違えていたし、靴も昨夜から履いたままのものだ。
その姿のまま床に転がって寝ていた自分が酷く滑稽で、そうしてなにより価値のない存在のような気がした。
自分が存在していなければ、父は無謀な投資など考えたりしなかった。
自分が存在していなければ、父が詐欺に引っ掛かることなどなかった。
自分が存在していなければ、祖父が父を殴る姿を見ることもなく。
祖父が死んでしまうこともなかったのに。
「ぼくが……ぼくがっ」
ギリリと唇を噛みしめると、唇はあっさりと切れて口内に鉄錆味が広がった。
「僕なんて、生まれてこなければ良かった。何も持ってない、何もできない僕なんかっ!」
床を殴ろうと腕を振り上げたところで、声が聞こえた気がした。