5-5.金持ち公爵は、貧乏令息に誓う
5-5.
「末代まで続きそうな借金がある? 我が公爵家ならそれを返した上でこの邸宅を建て直し、伯爵領のテコ入れがなせるだけの持参金を持たせましょう!」
「本当ですか、公爵様! 是非、よろしくお願いします!!」
ふたりの男親の声が重なるように割って入る。
しかしその言葉の意味するところがあまりに正反対すぎて、周囲に白けたムードが漂う。
「あぁ、そちらについてはエリハルト卿も含めて相談しなくては。そうだな。そちらが片付かなくてはこの婚約を成立させる訳にはいかないか」
「なんでも! 何でも仰って下さい。ライハルトはどのような要求にもきっとお応えできるでしょう」
こういう時、揉み手という仕草は自然な行動として出るものなのだなぁ、とライハルトは冷めた目で自分の父親を見ていた。
恥ずかしいと思いながらも頭を下げて受け入れるしか自分にできることはない。
ライハルトは、ラート公爵の言葉の続きを大人しく待っていた。
「ライハルト殿ではない。今はエリハルト卿、貴方への要求がある。その交渉が成立しない場合はこの婚約は不成立となる。この話は若いふたりにも関係することだからな。このまま進めてしまおう」
その意外過ぎる言葉に、グリード伯爵家の男はふたりとも驚いた。受けた衝撃は、ライハルトとエリハルト、どちらの方が大きかっただろうか。
「え、わたし、ですか?」
「あぁ、正式にお呼びしましょうか。エリハルト・グリード伯爵代行。お話合いの席について戴けますね?」
バッ。弾かれたように、エリハルト・グリードが顔を上げた。
ライハルトも驚きをもって父エリハルトとラート公爵の顔の間で何度も視線を行き来させた。
「先代グリード伯爵ロイハルト殿が亡くなられた原因を作ったのは、エリハルト・グリード殿がただ詐欺に遭ったことだけではないそうですね。嫡男である貴方が、詐欺師に金を差し出す為に、グリード伯爵家に残っていた資産をすべて担保にして金を借りたことが原因だとか」
「ち、ちが……」
「あぁ、失礼。『当主に無断で紋章印を持ち出して』という言葉が抜けていましたね」
「ひっ。な、なぜそれを……」
ガタガタと震え出した父エリハルトが、息子であるライハルトの唖然とした視線に気が付いて慌てて口元を抑える。
「それを知った先代に問い詰められた貴方は、その投資……まぁ詐欺だったわけですが、そこに金を賭けてしまった理由を、息子へ擦り付けた」
「ちがっちがう。わたしは、ほんとうにらいはるとの為を思って」
みっともなく全身で震えているエリハルトの、その言葉の覚束なさ自体が、なにより雄弁に自白している。
ライハルトの知り得なかった過去の事実が今、目の前で詳らかにされようとしていた。
「本当にライハルト殿の為を思って行動されたというならば、何故、ライハルト殿はこうして身売り同然の見合い相手を探しているのです? 自身の愚かさで作った借財を、息子の未来で穴埋めしようなどと安易に考える人間が、息子の未来を考えて行動したなどどの口が言うのか。……恥を知れっ!」
「っ!!」
エリハルトが床に崩れ落ちる。
あわあわと、なんとか自己弁護の言葉を探して口を開こうとしていたようだが、それが意味を為すことは無かった。
当然だ。今、ルチアーノが弾劾している内容はすべて公式な資料に基づく事実だ。否定できる筈がなかった。
「失礼。余談が過ぎたようだ。実際のところ、家内で家人が起こした家人に対する窃盗は当主が裁くのが通例だ。しかし、その当主が命を落としてしまった。ゆえに、故人の人柄と功績を鑑みて王宮が暫定的にその裁量を下したと記録が残されている」
ライハルトの知らないグリード伯爵家が受けた罰が露わにされていく。
「その資料にはこうも記されている。『グリード伯爵の爵位はロイハルト・グリードからライハルト・グリードへと継承させること。学園を卒業した後、王宮で裁定を受けるまでは、その父エリハルト・グリードが伯爵代行として後見人を務めることとする』と」
「あぁぁ!! ちがう、ちがう。私はグリード伯爵だ!」
白髪の増えた髪を両手で掻き混ぜる様にしながら、エリハルトが叫んだ。
だが、その嘘をラート公爵はバッサリと切り捨てる。
「いいや、違わない。何より、今も貴方は伯爵としての仕事を任されていない。単なる官吏として領地に関する資料を作るだけの役職を与えられているだけではないか」