5-4.貧乏令息、金持ち令嬢へ告解する
5-4.
「アレッサンドラ・ラート公爵令嬢。私の、学園内での噂はご存じですか?」
ライハルトのその問い掛けに、アレッサンドラが小さく頷いた。
「ハイ。存じております。それを、一学年度の終わり間際に親切な方から教えて戴いてから、ずっと……わ、私から申し入れをさせて頂こうかと、悩んでおりました」
小さな声ではあったがはっきりとした答えが返ってきて、ライハルトは驚きつつも、どこかホッとして微笑んだ。
「良かった。アレは私が自分で宣言したものを基にしています。『私は、私の家の借金を返済できるだけの持参金を持ってきてくれる女性を妻として迎えたい。それが為せるならばどんなに歳が離れていようが、未亡人だろうが構わない。誠心誠意、その女性を幸せにできるよう努めさせて貰うつもりでいる。その女性に高い金を支払った価値があると思って頂ける存在になるべく学業にも努めるし、私生活で他の女性と親しくなるつもりはない』これが私が学園へ入学した初日の挨拶で伝えた言葉です」
「まぁ」
この話は即ライハルトの在籍する子爵家ばかりのクラスの女子生徒たちから広がっていき、瞬く間にほぼ全ての婚約者のいない令嬢たちへと流されていった。
だから、去年の今頃には学園内で知らない者はいないとばかり思っていた。
だがあまりに下世話な話題である為、たとえ日々のちょっとした笑いのタネとしてですらアレッサンドラへ教えようとする者はいなかったらしい。
そう。あの日、卒業を明日に控えたニーナ・ボン伯爵令嬢が伝えるまでは。
ライハルトへの暴言を問題視されたあの一件以降、ニーナ・ボン伯爵令嬢は家族からも散々叱られ、クラスからは遠巻きにされるという散々な目にあっていた。
特に母からは泣いて怒られた。
「内緒だって言っておいたでしょう!」
ニーナの軽率な判断により、母は王宮から査問を受けた。結果としては言葉による訓告で済んだものの、査問を受けてから処罰を受けるまでの一か月間ずっと謹慎となり社交禁止とされた。これによりお茶会へ出席するどころか、誰に対してであろうとも手紙を送ることが禁止された。これは上位貴族への取り成しを防止するための処置なのだが、交友関係が派手であったが故に、日々届く招待状への返事すらできないことになり謹慎が解けた後は不義理を窘められることとなった。訓告により「これ以降、グリード家について口外することを禁じる。破ることになったなら次は温情はないと思うように」とされていたので、説明することも、グリード家について愚痴ることすらできなくなったボン伯爵夫人は、築き上げてきた交友関係を失った。
当然ながら、妹の嫁ぎ先であるブル侯爵家からも苦情が寄せられ、親たちからも散々怒られることになった。
元はといえば、母親の無責任な噂話から始まった事ではある。だがそれをニーナが主張したところで通る筈もない。当然の結果だった。
ニーナ自身は王家の裁量に茶々を入れた恥知らずな令嬢という評価を背負い、卒業までに婚約者を見つけることは叶わなかった。また卒業後の仕事も未定のままだ。就職先については探してもいなかったので当然なのだが。
ないない尽くしの真っ暗な未来を迎えることになったその理由を、ライハルトへ向けていたニーナが最後に選んだ復讐として、この国で最も裕福な女子生徒との婚姻を阻止するべく動いたつもりのようだが、それが回り廻ってこの善き日を迎える切っ掛けとなったとは。なんとも皮肉な結果である。
勿論、ふたりはそんなニーナの思惑は全く気が付いていない。
「あの日クラスで宣言した言葉は、今も変わらず私の中にあります。もし、本当に、それを叶えて戴けるのであれば、私のすべては貴女のものです。誠心誠意尽くすことと、一生涯大切にすることを誓いましょう」
跪いたまま、ライハルトはアレッサンドラを見上げる。
見合いの席で女性へ伝える言葉としては不合格であろう。
けれども、それを伝えたライハルトはどこまでも本気でそう口に出していたし、それを受け取ったアレッサンドラにとってこれ以上ないほど真摯な告白だと感じていた。
「ライハルト様」
「ただし、我がグリード伯爵家が背負う借金の額は相当のものです。末代まで続くという言葉が比喩ではないほど」