5-1.貧乏令息のお見合い
5-1.
ライハルトの瞳の色のドレス。
ライハルトの髪の色の刺繍と宝飾品。
そしてなにより、どちらも……いや、そのどれもが四葉のクローバーをモチーフにしている。
何も知らない人には伝わらないかもしれない。
けれど。
今この場所で四葉のクローバーを身につけてライハルトの前に立つ。
その意味するところ――
これが、まったくの思い違いだったらどうすればいいのだろう。
ライハルトが贈った、という部分だけ忘れてしまっている可能性は?
単なる訓練所仲間から教えられた『幸運のお守り』を身につけているだけの可能性は?
ライハルトには、分からなかった。
可能性だけなら幾らでもある。自分以外にも、もっと前にいや後であろうと、親しい人から同じように贈られた可能性だってある。
そうやって自分に冷静さを取り戻そうとしているかのように、今、ライハルトが感じている思いを否定する材料を探して思考がグルグルと廻っていた。
子供が産めなくてひっそりと家に帰された哀れな女性はどこだろう、という考えだって頭の隅に残っていた。
周囲をよくみろ確認しろと、脳内でもう一人の自分が騒ぐ。
けれど。どれもこれも、全てが無駄だった。
胸の奥底から、ぶわーっと吹き上がるような多幸感に満たされて、ライハルトにはアレッサンドラしか目に入らなくなっていたからだ。
目の前に立っている女性の事しか考えたくないのだ。
愛しい。――この言葉以外、今のライハルトの頭に思い浮かばない。
真っ赤になって目を見開いている、その表情が愛しい。
少し開いた赤い唇がはくはくと動く様が、愛しい。
艶やかでいつもはまっすぐに下ろしている髪が緩やかに巻かれ、頬にひと筋垂らされている。彼女が震える度にその髪が揺れる様が。
そのすべてに、愛しさしか感じられないのだ。
ライハルトの色を纏い、ライハルトの想いを象ったモチーフで身を飾る美しい人。
その人は、かつて幼い心を傾けた相手でもあるなんて。
どんな偶然だろう。正に幸運だ。
もし、アレッサンドラが四葉のクローバーを贈ったのがライハルトだと覚えていなかったとしても。
単なる昔の仲間から贈られた思い出の品というだけになっていたとしても。
古い仲間の窮状を知って、手を差し伸べてくれただけだとしても、なんという幸運なのだと神に感謝するしかない。
――そんな幸運がライハルトに用意される訳がない。
ライハルトは、ハッとした。
そうだ。自分は、罪を償う人生を歩むように定められているのだ。
グリード伯爵家に不幸を招き入れた元凶である曾祖父に似て生まれた事が、その証だ。
祖父ロイハルトが死んだのも、父が詐欺グループに騙されて巨額の借金を背負うことになったのも、ライハルトの為。
楽になってはならないし、楽をしてはいけない。
罪を贖う為の努力を。
幸せな結婚なんて、とんでもない。
今、顔を合せている初恋の女性ではない人を、後ほど紹介される筈だ。
ライハルトはギュッと目を瞑って、心を鎮める。
危ないところだったと自省する。浮かれ切って、お見合い相手に不快な思いをさせる処だった。
ライハルトにはアレッサンドラしか目に入らなかったが、多分その後ろか横に、本当のライハルトのお見合い相手がいたのだ。
思い当たってしまえば、至極まっとうな判断に思えた。事実そうなのだろう。
ライハルトは目を閉じたまま頭の中で十数えて心を鎮め、ゆっくり目を開けた。
「グリード伯爵家嫡男ライハルトです。よろしくお願いします」
できるだけ丁寧に。ブル侯爵家で教えて貰った通り、頭の天辺から糸で吊り上げられているイメージを保ちながら胸に手を当て腰を落とすようにお辞儀をした。
本当ならば挨拶をする相手の目を見て笑顔を浮かべるべきなのだろうが、何故か視線を上げることは出来なかった。
アレッサンドラが見合い相手だと勘違いして一瞬のうちに舞い上がった自分が恥ずかしかったのだ。
馬車の中で、きちんと父を質問責めにしておけばよかったとライハルトは思ったが、今更だ。
とにかく、ライハルトがこうして名乗り頭を下げれば、きっと相手の方も名乗り返してくれる筈。そうすれば、確実にお相手が誰なのか分かる。
そうライハルトは考えたのだ。
しかし――