4-8.貧乏令息は覚悟を決める
4-8.
「さすが、曾祖父さんにそっくりなだけはあるな」
顔を合せた途端、上機嫌で笑う父エリハルトから背中を強く叩かれてライハルトは一瞬息が止まった。
なにより、その言葉の意味がわからずに訝しむ。
「さぁ、いこう。服装は……おい、もう少し真面な物は持っていないのか?」
上から下までじろじろと見られた挙句に怒られても、両親が用意してくれた服でライハルトが着られるものなどもう一枚もない。
ライハルトが持っている服は、ほとんど自分で働いて手に入れたものばかりだ。
そして今日は、手紙で指示があったので持っている中で一番上等の準礼装を着ている。これだって、学園に入学する際にブル侯爵家の方たちからのご厚意で揃えて貰ったものだ。あれからまた背が伸びたので裾や袖の縫い代をほどいて丈出しして着ている。
正直なところ、新しい礼服を新調する余裕などどこにもない。
それなのに突然文句をつけられてライハルトは鼻白んだ。
「ありませんよ。頂いている生活費でどんな服を買えると思っているんです?」
「なんだなんだ。無駄遣いが過ぎるんじゃないのか?」
呆れた様子で忠告されたが、節約もなにも、実家から金など貰ってもいないのだ。金は湧いて出るものではない。
金貨一枚どころか銅銭一枚寄越したことがない癖に何を言っているのか。
そう口に出そうとして、すぐ横にいる寮長が目に入って口を噤んだ。
いくら若い頃から父を知っている寮長にだろうと、グリード伯爵家の財政状況について言い争う姿を見せるべきでない。
押し黙ったライハルトに代わって、その寮長がにやっと笑って提案した
「綺麗な服を着せてやりたかったら、お前が買ってやれよエリハルト」
「なっ」
慌てふためくエリハルトに構わず、寮長が滔々と言葉を続ける。
「王都で服を作ったら高いぞ~。それこそ領地で作った服を持ってきてライハルトに着させるべきだ。この顔とスタイルで着こなせない服はない。きっとお前さんの領地まで服の買い付けに行く奴がごまんと出てくる」
あからさまに嘘くさい寮長リーンの申し出を、腕を組んで検討し始めた父エリハルトの姿に、ライハルトは苛立った。
こんな風にすぐ人の言葉に感化されるから詐欺になど遭うのだ。
そうして、自分で父の成功した試しのない金満欲を刺激しておきながら、リーンはあっさりとエリハルトとライハルトを追い払った。
「馬車を待たせているんだろう? 早く行け。ここを塞ぐな」
「なっ?!」
しっしっと手を振っても怒りを買わない寮長リーンのキャラというものがライハルトは羨ましかった。今度研究してみようと心に誓う。
けれども今は、父エリハルトがわざわざ領地から出てきた理由に付き合うことが先だ。
「では、出掛けてきます」
「おう。夕飯は取っておくように伝えておくから心配するな」
「ありがとうございます!」
寮長の言葉に大きく礼を言って、ライハルトは父が乗ってきた箱馬車へ乗った。
父は行き先もその目的も教えてくれなかったが、貴族街をひた走る馬車と、上機嫌の父の様子を見ていれば、なんとなくライハルトにも想像がついた。
ついに自分へ買値が付いたのだ、と。
だから礼装なのだ。
「いいな、ライハルト。行儀よくしていろ。今日は絶対に失敗するなよ」
父の言葉の意味するところ、それはやはり今日という日は、ライハルトの見合いなのだ。
緊張で、身体の先が冷えていった。
長年そう心に決めて来たものの、実際に誰かによって買われることになってみると、緊張で吐きそうな気がした。……吐き気の理由は、緊張。それだけだ。
どんな相手であろうと、グリード伯爵家の為に大金を費やしてくれるという女性のことを大切にしよう。
ライハルトは目を閉じて、心に誓い直した。
その時、背筋の伸びた、艶やかな黒髪の後ろ姿が思い出されて胸がきゅっと苦しくなった。
けれどそれが何故なのか。突き詰めて考えることを、ライハルトはしようとしなかった。