4-7.貧乏令息の弱肉強食な寮生活
4-7.
ライハルトの昼食は、朝食用のパンを二つほど失敬したものと学園で幾らでも飲める水だけだ。だから夕刻の仕事を終えた後は腹が減って仕方がない。
食堂の近くまで来ると、辺りにはトマトのシチューとマカロニチーズの香りが漂っていた。
寮が王都にタウンハウスを持たない下級貴族の子女を対象にしている事もあり、食事は庶民的なものがほとんどだ。ただし量だけはたっぷりある。
朝と夜の食事代は寮費に組み込まれているので、女子寮ではどうだか知らないが、男子寮では寮生は争うように食べまくっていた。
「あら、ライハルト。今日はちょっと出遅れだわね。お替りできるかギリギリだろうから山盛りにしておいたわ。頑張って食べるのよ」
気のいい料理人が器にこれでもかと盛り付けてくれたものを有難く受け取って、ライハルトは目についた一番近い席に着いた。
一心不乱にガッツく訳ではない。
その所作は美しく流れる様だ。けれど早い。とにかく早い。
音もたてずに具沢山のスープを掬い、口へと運んで行く。早い。
マカロニチーズの蕩けた細い糸が口元にぶら下がるような恥ずかしい真似もしなかった。
周囲の生徒がマナー違反にならないよう気を配りながら食べにくいその食事を懸命に口へと運んでいる横で、流れるような動きであっという間に皿を空にしたライハルトが、お替りをするべく席を立った。
「さすがだねぇ、もう食べたのかい。ホラ、もう次はないから、次はゆっくり食べるんだよ」
「ありがとう。でも急いで食べても味わってない訳じゃないですから。何時も美味しい食事をありがとうございます」
笑顔で器の乗ったトレイを受け取ったライハルトが礼を告げる。
使用人として働いていた頃、調理場で働く仲間の忙しさと努力を散々傍で見てきたライハルトとしては限られた予算の中で毎日違う栄養の偏りがなくボリュームのあるメニューを作り続けることがどれほど大変な事であるか、それなりに知っているつもりであった。自然と感謝の言葉が出てくるようになっていた。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。ヨシ、明日も頑張んなくちゃね!」
ガハハと豪快に笑って、料理人が鍋を片付け始めた。
「あぁくそっ。ライハルト、食べるの早すぎだよ。なんでそんなに綺麗に食べて早いんだ」
「普通だろ」
にやりと笑ってライハルトはトマトのスープを口へ運ぶ。
トマトの酸でスジ肉が柔らかくなっている。
ホロホロと崩れていく肉をよく噛みしめれば、肉の味が口の中に広がった。
次にマカロニチーズにフォークを差し入れる。チーズが少し固まり出していたがまだ十分美味しかった。
「くそっ。普通の伯爵家の坊っちゃん嬢ちゃん方と一緒にメシ喰ってみろ。クッソ遅いからな?!」
しつこく文句をつける寮仲間に笑いかけて流す。
会話に参加していたら、目の前のマカロニチーズは冷えていくばかりだ。さすがに完全に冷えて固まっては油っぽくなって美味しさが半減してしまう。
そうなってしまった時は、トマトのスープに突っ込むだけだが。ライハルトとしては、できるだけ不作法になってしまうようなことは避けたかった。
いつ誰が、自分を買ってくれるか分からないから。
その人へ、誰が縁を繋いでくれるかも分からないから。
買い上げた商品に傷は少ない方が喜ばれるものだ。
だから、ライハルトは自分が品行方正であることを好んだ。
成績が優秀なのは当然として、身体も鍛えてきた。マナーもだ。
勿論、身辺も身綺麗そのものだと自負している。ライハルトになんとかできる範囲では、だが。
両親ともうひとり。ライハルトにはどうしても手に負えない相手がいた。
詐欺師に騙されグリード伯爵家に大きな借金を背負わせて王宮に肩代わりをさせるような真似をしておきながら、まったく悪びれない父と、その父を庇って庇い続けている母。
そして、ライハルトの幼馴染みを自称する隣のクラスの同期生だ。
領地が隣り合わせている為、母親同士は何度かお茶会などを開き合っていたのは覚えている。けれど、11歳のライハルトが奉公に出てからデビュタントで再会するまで一度も会ったことはない。にも関わらず、何故あれほど距離が近いのか。
ハーバル子爵からは蔑みの視線を受けている。
ライハルトの両親が望むことにはなりはしないのに。
「はぁ」
思わずため息を洩らした。
「お? ライハルト、残すならくれ!」
先ほどの寮仲間が声を掛けてきて、つい笑った。
「安心してくれ。美味しく食べきるさ」