4-5.金持ち令嬢と四葉の金色クローバー
4-5.
「さぁさぁ。起きて下さい、アレッサンドラ様。今日は忙しくなりますよ」
学園の休日。アレッサンドラは、いきなり朝早くから起こされて風呂に入れられて、徹底的に隅から隅まで磨きたてられた。
王宮からでも呼び出されたのだろうかと思ったが、どうやら違うようだ。
そういえば、昨日学園から帰って来ると、邸内がどこか華やいで浮足立っているような気がしたのだ。
廊下や壁、天井までもがピカピカに磨きたてられていた。
いつの間に作ったのかすら知らない水色のドレス。
金糸で四葉のクローバーが縫い取られたそれは、自分なら決して決して選ばないものだ。
だが、金色の四葉のクローバーは家人が選んでも仕方がない。
何故ならアレッサンドラ自身が好んで手に取ってきたモチーフだからだ。
ドレスの色が水色なのは何故だか分からないが、季節的に、最も映える色合いだとされたのかもしれない。
涼やかな水色のドレスは、初夏の陽気の中で爽やかに彩っていた。
巻いたことのないまっすぐな黒い髪が、緩く巻かれてひと筋頬に掛かるように落とされている。
単にハーフアップにしているだけではないのは、これまで着たことのないようなドレスのせいだろうか。
髪飾りも、イヤリングも、ネックレスさえ真新しい。
そのどれもが金色の四葉のクローバーモチーフになっていて、勝手に頬が熱くなった。
誰が? どうしてこれを選んだのだろう。
アレッサンドラが好んで選ぶ四葉のクローバーを採用したのは分からなくもない。
けれど、なぜそれが金色なのか。
合せるドレスが透明感のある水色なのも、アレッサンドラが落ち着かなくなる理由だった。
アレッサンドラの中で、この三つが合わさってしまえば、思い起こすのは唯一人だ。
なんという罪深いことなのか。
偶然にしても、あまりにあんまりな組み合わせすぎる。
同じ学園の生徒にも拘らず、傍に近寄るどころかこれまで視線が合ったこともないのに。
最後に言葉を交わしたのは、もう何年も前だ。
何度も話し掛けたいと思ったが、近づく勇気すら持てなかった、その人。
彼の色とモチーフだと誰に指摘される訳でもないのに。
華やいだ空気の中、侍女がドレスや化粧の最終チェックを続けている。
そんな中で、アレッサンドラは浮足立つ自分をどうにか宥めようと心の中で言い訳をし続けた。
「とても素敵ですわ、アレッサンドラ様。どうぞ、ご確認を」
信頼する侍女アリーから促されて鏡の前に立つ。
その鏡の中へ写る自分は、かつて見たこともないほど、ふにゃふにゃした顔つきをしていて、まっすぐ見る事すら叶わない。
――恥ずかしい。
ただそればかりが頭を巡る。
今日の予定がどんなものだかわからないが、アレッサンドラはいつもの公爵令嬢らしい表情を取り繕えるか自信が無くなってきた。
これから何をさせられ、誰と引き合わされるのか。
そう考えた途端、アレッサンドラは愕然とした。
自分はこれから、次の婚約者となる筈の男性に引き合わされるのだと気が付いたからだ。
だから、新しいドレスに宝飾品が必要だったのだ。
多分、その男性の瞳の色がこの水色で、髪の色が金色なのだ。
あの人と、同じ色。
それだけ。
目を閉じて、心を鎮める。
跡取りではなくなろうとも、アレッサンドラはラート公爵家の娘だ。
それにふさわしくある為の伴侶を探し、手に入れなくては。
もう一度目を開けた時、アレッサンドラの表情は、先ほど鏡の中で見せたやわらかなそれではなく、きりりと引き締まったいつもの彼女のものとなっていた。