4-3.金持ち公爵は頭が痛い
4-3.
「くそぅ。なんでこんな奴しか見合い候補がいないのだ!」
つい先ほど届いたばかりの調査書を、ルチアーノ・ラートは怒りに任せて床に叩きつけた。
机の横に置いてある箱は、似たような残念な結果が書き連ねられている調査書で山盛りになっていて、もうこれ以上は入らない状態だった。
元婚約者には、アレッサンドラに新しい婚約者ができるまでは白紙に戻ったことを公表しないように約束を取り付けた。
けれども、いつまでも保留にさせることはできない。もうすぐ来るフリードリヒ7歳の誕生日に合わせて跡目の変更と共に公表することを期限としていた。
あちらも新しい婚約を一刻も早く結んでしまいたいに違いないのだから、譲歩して貰った方だと思う。
ラート家としても今すぐにでも新たな婚約者、せめて婚約者候補だけでも探さなければいけないというのに、届く見合い相手の調査書は全滅の有様を呈していた。
表向きの評判など、貴族にとっては良くて当たり前なのだ。
本人や仲介者による身上書の内容や評判が良いにもかかわらず何故未だに婚約者がいないのかとラート公爵家の手により調査を入れると、簡単に隠されていた本性があっという間に丸裸にされてしまう。
そうして、毎回、先ほどの公爵の言葉となる。
「主な原因としては、ルチアーノ・ラート公爵の決断が遅すぎたせいですな」
そうして公爵の繰り言を、端的にばっさりと切って捨てたのはラート公爵家の家令カルロだ。もうかなりの高齢となる筈のカルロは未だにかくしゃくとしていて、その舌鋒は誰より鋭い。
「うぐっ。それは……」
「ほう、自覚はおありでしたか。ですから、一刻も早いご決断を、と周りの者は皆進言しておりましたものを」
わざとらしくモノクルを外して磨く姿すら、嫌味が含まれている。
その心は『優柔不断で不甲斐ない』だ。
「だがアレッサンドラは、あれほど頑張っておったのだぞ? フリードリヒが生まれたからといって、すぐに跡継ぎから降ろすなどと言える訳がないだろう」
なぜ公爵が家令に言い訳をする必要があるのかなどと言ってはいけない。
それがラート公爵家の執務室でのいつものやり取りだから。それだけだ。
「それは優しさではありますまい。むしろ逃げでございましたな。それも最悪の悪手でございました」
雇い主である公爵相手に淡々と毒を吐く老齢の家令は、ラート公爵家に代々仕えてきた一門の出だ。カルロは最初、先々代の公爵の侍従をしていた。そうして先代から乞われてそのままラート公爵家の家宰を任されるようになった後、今はこうして後継者たるルチアーノの下で働いている。それにしては態度が大きすぎるような気もするが、第三者がいる場では、きちんと主たるルチアーノを立てることもできるので問題はない。
つまりこの家令は、この国の国王陛下を除いて唯一ルチアーノが頭の上がらない相手という事だ。
「正直なところ、国外を視野に入れて候補を探した方が良いかもしれません」
「そんな。可愛い娘を、目の届かない場所に嫁にやれというのか?」
ルチアーノとしては今でもできるならば愛娘を手放したくなどないのだ。
困ったことが起きたならすぐに手を差し伸べてやりたい。掌中の珠だ。
「しかし、後妻に出す訳にもいかないでしょう。どれほど素晴らしい人格だろうとも、死別で残された男に添い遂げる道は荊と申します」
「それこそ冗談ではない!」
調査書をもってしても、大きな瑕疵が見つからなかったのは一件のみ。
大恋愛の末、若くして妻を亡くした侯爵家の後妻の話だけだった。
仕事は真面目で領地運営も上々。
酒も飲まず、博打もせず、女遊びもやらない。ちなみに嫡子も隠し子もいない。
けれど、多分まちがいなく、最愛の女性という心の真ん中にはすでに他の女性が居座っている。
既に亡くなっているので、欠点が見つかることもなく、増えることもない。
完璧な理想の女性として君臨するのだ。
間違いなく、その横に立つ後妻は、その理想の女性と比べられながら暮らすことになるだろう。
「駄目だ駄目だ駄目だ。どんなに舅姑となる方から望まれようとも、夫となる男が結婚に消極的だというではないか。『義務として受け入れるしかないと理解している』など。アレッサンドラに聞かせられるか!」
「では、どなたに致しますか?」
「……ぐぬぬぬぬぬ」