4-2.忠実な侍女は決意する
4-2.
アリーは、散々悩んだ挙句に、ついに奥様へ報告する決意をした。
あの日はすぐに答えを返せなかったせいで、主から「ごめんなさい。なんでもないわ、きにしないで」と早口で否定された上に部屋から追い出されてしまうという失態を犯してしまった。
だから、今度こそはもう少し詳しい話を聞かせて貰おうと思い、話を切り出すタイミングを計ろうとアレッサンドラの様子をいつも以上に観察して、気が付いたのだ。
アレッサンドラ様が一点を見つめている時に、指であるモチーフの物を撫でていることに。
無意識なのか、視線がそれに合せられることはない。
触っている物も、ティースプーンだったり小さなイヤリングだったりワンピースにつけられたボタンだったりと様々だ。
しかし、触っている物は違えども同じモチーフなのだと気が付いた時のアリーは、主がそのモチーフに拘り出した一番最初の記憶を思い出した。
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弟君が生まれて、それでも跡取りは自分だという自負から武術の訓練所の決して休むことのなかった主が、突然早退して帰ってきたと思うと、そのまま辞めてしまったのだ。
「自分が怪我をするだけではなくて、一緒に訓練している仲間に怪我をさせてしまうところだったの」
主は寂しそうにそう理由を口にしていた。
確かに、同じ歳の仲間と体格差が出てきたことは理由として大きかっただろう。けれどそれだけではないとアリーは感じた。
多分、跡取りを弟君へと変更する事について内々で話し合われていることに気が付いてしまったのだ。
「辞める理由を説明できないから」と二度と足を運ぶこともなかった主だったが、やはり訓練所への未練があるのか、通っていた時間になると訓練所がある方角を見つめていることも増えた。
仲間たちへの挨拶もないまま辞めてしまったのだ。悔いは残って当然だった。
そんな時、その訓練所の仲間が、突然辞めてしまった主を心配してお見舞いとして手紙やプレゼントを贈ってくれたのだ。
ひとつひとつ大事そうに手に取って眺める姿の、なんと愛らしかったことだろうか。
嬉しそうにお返しを選んだりカードを用意している主の姿に、アリーは心の底から安堵した。
その手紙の中に、それは入っていたらしい。
「あのね、アリー。これってどうにかして、長持ちさせることはできないかしら」
少し不安そうな顔で手のひらに乗せて差し出されたのは、四葉のクローバーだった。
「幸運のお守りなのだそうよ」
通常三枚の葉しかないクローバーだが、稀に見つかる四葉のそれは幸運の証だとされてきた。
だが、主の手のひらの上に乗せられたそれは、きちんとした処理をされていなかったせいで萎びてみえた。神秘的な感じは受け取れない。
多分、訓練所の仲間たちが皆で探して贈ってくれたのだろう。
主の為に探し回る少年たちの姿を想像して、アリーは微笑んだ。
今ならまだ本体は茶色くなってはいなかったので間に合うだろう。アリーは手を差し出して「処理をして参りますね」と受け取ろうとした。
けれども。差し出した手の上へ、一向にそれが乗せられることはなかった。
「あの、……その処理というのは、私では、できないかしら」
代わりに、なんとも可愛らしい申し出をされて、アリーは一も二も無くそれを受け入れた。
「はい。簡単ですよ。では一緒に作業をいたしましょうか」
軽く請け負えば、幼い主は、両手に持った四葉のクローバーへ顔を近づけ、とても嬉しそうに「ありがとう」と言って笑った。
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それにしても、あの時の主の笑顔の愛らしさは、思えばアリーの心の主アルバムの中でも断トツだった。
そうしてその時、丁寧に処理をされた四葉のクローバーは、アレッサンドラ自身の手により栞に生まれ変わり、主は今も愛用している。
あの栞をアリーの主が最初に手にした頃から、四葉のクローバーをモチーフにした小物が増えていったのだ。
「幸運のお守りなんですって」そういって懐かしそうに笑う主に、幼き日を共に修行して過ごした仲間たちを思っているのかと、微笑ましく感じていた。
だが、それがもし仲間たちではなく、個人だとしたら――?
高価な紗に包まれた四葉のクローバーは、あれほど大切にされながらも主へ幸せを運んでくることはないのかと一時は腹立たしく思ったこともあったが、どうやらそうではないらしい。
そうしてそれを本当の幸せとする為に、アリーは今、敬愛する大切な主との約束を反故にしようとしていた。
勝手に侍女仲間の伝手を使って四葉のクローバーを贈った相手を突き止める。
主が洩らした”持参金”というキーワードと同時期にブラン伯爵の開いている訓練所に通っていた事。
たった二つを頼りにターゲットへと辿り着くのは困難だと思われたのに、思いの外あっさりと見つかったのには理由があった。
けれど、それは敬愛する主にとって、何の障害にもなりはしない。
そうアリーは確信を持った。
だから――
「奥様、大切な……アレッサンドラ様について、大切なお話がございます」
アリーが誓った、誰にも話さないという約束は、こうしてあっさりと破られたのだった。