3-11.金持ち公爵令嬢は困惑する
3-11.
「アレッサンドラ・ラート公爵令嬢におかれましては……おかれましては」
けれども、動き出した筈の唇の動きはそこで途切れ、わななくばかりで音を紡ぐことを止めてしまった。
アレッサンドラは目線を下げて足を一歩前へと踏み出す。
その動きに釣られたように、伯爵令嬢が一気にそれを口に出した。
「もしも、新しい婚約者を探されるようなことになったとしても、子爵クラスに入れられている伯爵家の嫡男だけはお選びになられませんよう」
かなりの早口で告げられた内容はあまりにも無粋だった。
個人的にも公的にでも、これまで一度たりとも会話を交わしたことのない伯爵令嬢ごときが、公爵令嬢の婚約に関して口を出すなどありえない。
その、あってはならない話の内容に、アレッサンドラは何か聞き取り違いをしたのかと訝しんだ。
「あの?」
それも、時期が時期である。アレッサンドラは動揺を隠して聴き直そうとしたが、それを遮る勢いで、伯爵令嬢が話を続け始めた。
「えぇ! えぇ、存じております! アレッサンドラ・ラート公爵令嬢にはとてもお似合いの素晴らしい婚約者がいらっしゃることは、十分承知の上で、ご忠告させて戴いております!」
そこまで一気にいうと、はぁはぁと荒くなった息を整えて深呼吸をしている。
どうやらこの目の前の伯爵令嬢の要件とは、どうやらアレッサンドラの結婚相手に関する内容で間違いないようだ。なによりその普通とは言い難い雰囲気に、アレッサンドラは切り捨てる選択肢を捨てて最後まで言わせることにした。
「けれど! あの男なら、婚約者がいようとも、アレッサンドラ様との結婚を画策するかもしれません。あの男……あれは、借金を持参金で返してくれるならば、どんな女でもいいのだと豪語する不届き者ですわ! あんな、『いかず後家だろうが、高齢未亡人だろうが構わない。妻に望むのは持参金のみ』だと公言するような男を夫とするようなことがあっては、ラート公爵家の名折れです」
心配などされなくとも、ボン伯爵令嬢が言っているような相手をアレッサンドラの婚約者にするなどありえない。
女性を金蔓としか捉えていない不快な輩。
こう見えてラート公爵家は家族の仲は良いのだ。父がアレッサンドラにそのような結婚相手を選ぶことはない。ラート公爵家は確かに国内でも有数の裕福な家であり、政略的にどうしても縁を繋がねばならぬ相手はいない。
そして貴族として最高位の公爵家に対してゴリ押しで婚約を進めることができるのは王族のみ。他の国までは知らないがこの国の王族にボン伯爵令嬢が言うような金に困っているような者はいない。
地位的にも経済面でも家族との関係からも、ありえない相手だ。
何故そのような相手を選ぶと心配されねばならぬのかと、アレッサンドラの眉根が自然に近寄った。
そんなアレッサンドラの様子など、まったく目に入らないのかボン伯爵令嬢はひと際声を荒げて叫んだ。
「絶対に! あんな金の亡者に掴まるようなことになりませんよう。ライハルト・グリード伯爵令息には、努々お気をつけくださいませ!」
そう告げると、ニーナ・ボン伯爵令嬢は一目散に逃げるように走り去っていく。
アレッサンドラが、引き留める隙もなかった。
「……え?」
後に残されたアレッサンドラは、たった今、聞かされたばかりの名前と言葉の意味を、懸命に理解しようとしていた。