3-9.貧乏令息の担当教諭
3-9.
「「「「先生!!」」」」
教師の登場を喜ぶ生徒たちの声と、教師の言葉に驚愕するニーナの声が重なり響き渡った。
「私が戻って来るまで自習を。ライハルト・グリード、クラス長として責任をもって脱走者や教室内で騒ぎ他のクラスに迷惑を掛けるような生徒が出ないよう監督するように」
「私でいいんですか?」
「クラスメイトからの信任を受けてクラス長として選出された生徒以上にこの任に相応しい者がいるとでも?」
「いえ、光栄です」
ライハルトが仰々しく礼をすると、教師は「うむ」と偉そうにそれを受けてから、にやりと笑った。
そうしておいてから、口をぱくぱくと開けたり閉めたりしているニーナに向き直ると、じっとその蒼い顔を見降ろして厳然たる態度で告げた。
「ニーナ・ボン、君はこのまま校長室へ。そこで申し開きを聴こう。尚、君がこの審問を拒否した場合だが、私がこの耳で聞かせて貰った君の主張について私がした報告に基づいて君への処分を決定することになる」
「し、審問?! そんな。わ、わたくしは、この学園の生徒の未来を守ろうと、母から教えて貰った事実を……」
ニーナは自分が行ったことが学園からこれほど大きく否定されるなど考えもしていなかった。
母は言っていた。
『グリード伯爵家は代々当主が悪くてね。先々代は女性に金をばら撒いて身代を潰したというわ。そうして当代はものすごい巨額の詐欺に遭って。まだ先代が存命の内に伯爵家に残っていた資産をすべて勝手に作った借金のカタに差し出して、爵位を取り上げられる寸前になったこともあるのよ』
『まだその時に作った借金を返し切れていないというし、絶対に近寄っては駄目』
『そういえば、あなたが昔、側付きにと望んだあの侍従は実はあの家の令息だった筈よ。いろいろあった時だったから、妹の家で預かることになったとかあの後教えて貰ったわ……あぁ。駄目ね、私ったら。これは内緒だったのに。ねぇ、ニーナ。伯爵家の嫡子を預かって働かせていたなんてブル侯爵家にとって恥でしかないわ。だからこれは誰にも言っては駄目。いいわね?』
だから。だからニーナは、ブル侯爵家の名前だけは秘密にして、けれども詐欺にあって未だに借金だらけで伯爵家の嫡男の癖に使用人として扱われていた罪人だという事実部分を抽出して、皆に教えてあげることにしたのだ。
それもこれも、学園の生徒が被害に遭わないようにする為だったのに。
なのに、なぜ目の前の教師はあの腹立たしい罪人ではなくニーナを糾弾してくるのだろうか。ニーナにはどうしてなのか分からなかった。
「それは事実ではない。君の母親がそれを吹聴しているというならば、君の家にも王宮から審問官が行くことになるだろう」
「えぇっ?! ……っ、いいえ! なんでもないです! 母からは、誰にも言っては駄目だと」
「はぁ。そう口先では言いつつ、自身は娘に無責任な憶測を事実として吹聴しているんですね。そちらについても校長の判断を仰ぐことにしましょう。行きますよ、ニーナ・ボン」
ニーナについてくるよう告げて一旦は廊下へ足を向けた教師だったが、残していくことになる生徒たちが再始動する前に釘をさしておくことにしたらしい。
身体を生徒たちへ向けて立ち、ハッキリとした声でこの国で事実だと認定されていることを教える。
「グリード伯爵家に対する中途半端な知識と憶測に基づく下劣な噂を聞かされた生徒たちに言っておきます。グリード伯爵家は詐欺事件の被害者です。そうしてそれによって生じた損害を自分たちできちんと返済し続けている家でもあります。これは王宮による裁定を受けた結果を真摯に受け止めてのもの。王宮の決定に異議があるというなら、正式な申し立てを。それもせずにこの下衆な噂を広げることは、許されないことだと知りなさい」
そう言い終わって背を向けて廊下に出ていく教師の後ろを、ニーナは慌てて後を追い掛けた。教室から出る際、一瞬だけ憎悪の籠った瞳で友人たちに囲まれたライハルトを睨みつけると、悔しそうに廊下へと出ていった。