3-8.貧乏令息は宣言する
3-8.
「こういうことは、どこからか漏れることだから。憶測から生まれた噂ではなく、事実を自分の口から説明したい」
そんな言葉で始まった告白について、悪意をもって歪めた形に受け取ろうとするクラスメイトはいなかった。
貴族に生まれて、家というものに雁字搦めに囚われているという感覚を一度も覚えたことのない者など正直少数派だろう。
親が作った借金について、自分で責任を取ろうと行動したライハルトを尊敬することはあっても誰も馬鹿にしなかった。
これが本来ライハルトが入る筈だった伯爵家以上の上位貴族だけのクラスであったならまた違うのかもしれない。
ここが子爵家中心のクラスだったことも幸運だった。
第一次産業を抱える上位貴族ではなく、商売を営む家の多い男爵子爵家の子供は幼い頃から金の貸し借りについて厳しかった。借りる時は下手に出る癖に返そうともしない輩にこそ冷たい。
必ず返すといった同じ口で、返せないと平然と……いや表向きは辛そうに見える表情で、けれども今は返せない返す金がないのだと傲岸な決意を込めて借金を踏み倒そうとしてくる者との距離の取り方を。人の善意に付け込み、借りた金を使い切って更に寄越せと言い放つような人間こそ、軽蔑してしかるべきだと教え込まれる。
だから幼いライハルトが伯爵家の嫡男として生まれながらも、自分から奉公に出て生活費を稼ぎつつ礼儀作法を覚えようとしてきたのだと知って、好意的に受け止めることはあっても、それを恥知らずだなとど思う事などなかった。
むしろそこまでして借金を減らす方法を模索する姿に好感を覚えた者の方が多かった。
「どこの家で、ご厚情に預かったかは詮索しないで欲しい。勝手で申し訳ないが、相手方に迷惑をお掛けしたくはない」
実情としては完全なる厚意による善行であろうとも、幼い伯爵家の嫡男を働かせていたなどという事はあまりにも外聞が悪い。
だから、そう求められたことにも納得できたし不満はなかった。
ただその後に告げられた言葉には苦笑いしかでなかったが。
あの発言を聞いた女子生徒の心の中で、ライハルトへの憧れが「無いわー」という言葉で上書きされた。
そうしてこれらの情報は、あっという間に女子の中で共有が為されていった。
お陰で、今にも勃発寸前だった仁義なきライハルトの未来の妻争奪戦は、あっさりと終結した。参戦者がゼロとなったからだ。
こうしてライハルトは、ご令嬢たちにとって有望な結婚相手から、単なる鑑賞対象という扱いとなったのだった。
***
「……という事があって。『余程の資産家で酔狂が過ぎる女性でない限り、狙っても無駄』だと、かなり話題になったのですけれど。ご存じなかったかしら? あぁ、ボン伯爵令嬢には、それを教えて下さるお友達はいらっしゃらなかったのですね」
くすくすくすくす。
ライハルトの大願告白に、「無いわー」と心から思い積極的に情報を友人たちへ流した女子生徒の一人イラナ・ディーブ子爵令嬢が嫌味たらしくニーナへ教える。
その間も、クラスには場違いな発言をしに下級生のクラスまで意気揚々と乗り込んできた馬鹿な上級生を揶揄する嘲笑が溢れた。
「っ。こ、後悔しても遅いんですからね! せいぜい詐欺師の餌食になってから泣けばいいんだわ!!」
馬鹿にされたと顔を真っ赤に染めて叫んだニーナへ、大人の声で訂正が入る。
「この学園に通う生徒に詐欺師などおりませんよ、ニーナ・ボン。生徒の名誉だけでなくこの学園に対しても名誉を傷つけるような言動は許す訳にはいきません」