1-3.突然の別れ
1-3.
陽ざしに夏を感じるようになってきたある日。
アレッサンドロが立て続けに、三度、剣を取り落とした。
取り落とした剣を呆然として見つめるばかりになっていたアレッサンドロへ近づいて、地に落ちたままになっていた木剣を拾い上げて、ライハルトは「調子が悪いなら、今日は早く帰って休んだ方がいいぞ」と声を掛けた。
それに「……そうだね。そうするよ」と、震える声で応えたアレッサンドロの顔は今にも泣きだしそうに見えた。
よく見れば、ライハルトが差し出した剣を受け取ろうと伸ばした手も震えていた。
「そんなに身体が辛いなら無理しない方がいいのに。自分の体調を把握しておかないと駄目だ。健康状態が悪い時に剣なんか扱ったら、たとえ木剣でも怪我をするんだぞ?」
その様子に眉を顰めて諭したライハルトに、アレッサンドロは無理矢理笑顔を作って頷いた。
「そうだね。自分を把握することは大切だって、よくわかったよ。肝に銘じておく」
その会話に違和感を感じなくもなかったが、それだけ体調が悪かったのかと帰っていく後ろ姿を見送った。
そうして、その日を最後に、訓練所にアレッサンドロが姿を見せることは無くなってしまった。
アレッサンドロが訓練所に姿を見せないまま一週間が過ぎた時、「あの身体の細さは、なにかの死病に罹っていたのではないか」と誰かが言い出した。
それを聞いた一人が声を上げて泣き出したことで、その場にいた訓練生が皆一斉に大声で泣きだした。
指導をしていた引退した騎士ひとりでは泣き止ませることはできず、訓練所の所長である元騎士団長ブラン伯爵が出てきて、「アレッサンドロは少し体調を崩して静養に出ているが、死病などに罹ってもいないし、田舎で元気に暮らしている」と保証してくれるまで誰もが泣き止まなかった。いや、その説明だけでは納得しない者も多く結局全員がアレッサンドロ宛の手紙を書くのでブラン伯爵が責任をもってそれを彼に届けるということで落ち着いたのだ。
皆、手紙だけでなく、お揃いの木剣だの、大好きなお菓子だの、蛇や蝉の抜け殻だのといった病床の友を力づける為の特別な宝物を用意し、ブラン伯爵の眉を顰めさせた。それでもブラン伯爵は結局全部きちんと受け取って「必ず届ける」と約束してくれた。
ちなみに、お小遣いというものを基本的に貰っていなかったライハルトは、さんざん悩んで四葉のクローバーを手紙に添えることにした。
通常三枚しかないクローバーの葉の中には、極々まれに四枚の葉を持つものがあるという。そうしてそれは幸運のお守りになるのだと、馬房の掃除を手伝っていた時に見つけて喜ぶ馬丁から教えて貰ったことがあったのだ。
記憶を頼りに、その時馬丁が見つけた辺りを懸命に探した。
だが、極々まれにという言葉に嘘はないようで、なかなか見つけられなかった。
朝から探し始めて日が暮れだした時になってようやくそれを見つけた時は、嬉しかった。
草花を長持ちさせるには、押し花にしなければならないという半端な知識だけは持っていたので、手紙を持っていく日まで辞書の間に挟んでおいたものを、手紙の中に入れたのだった。
他の仲間のような派手で大きなプレゼントの箱とは違ったけれど、一生懸命探した幸運のお守りが、これからのアレッサンドロを守ってくれるといいな、とライハルトは願った。
手紙をブラン伯爵に手渡してひと月後、訓練所にはアレッサンドロの名前で菓子が届いた。
『皆の気持ちをとても嬉しく思います。訓練、頑張ってください。 ──アレッサンドロ』
丁寧な文字で書かれたシンプルなカードが添えられていた箱の中身は、王都でも有名な高級店によるもので、飴掛けされた果実に細くチョコレートが掛けられているというとても繊細なものだった。
口に入れるとまずチョコレートの甘さとコク。
パリパリした飴を齧ると、中にある果実の果汁が口に広がり、チョコレートのコクと甘味に爽やかな酸味が混ざりあって、なんともふくよかな味わいが口中に広がった。
「「「うめぇ!」」」
正直、この年代の少年たち宛なら質より量の方がより喜ばれるものだが、その繊細な菓子のチョイスが「アレッサンドロらしい」と少年たちは思いを馳せた。
しかし。
ライハルトは、このアレッサンドロからのお返しを受け取ることは出来なかった。