3-7.貧乏令息は強襲される
夏休み明け
3-7.
それは、長期の休みが開けてすぐに起こった。
朝礼前の教室に、カツカツと下品な足音を立てながら教室へと入り込んできたひとりの上級生が、教壇の上で仁王立ちした。
訝しむ生徒たちの顔をひとりひとり睨め付けていき、ついにその中に目当ての生徒の綺麗な顔を見つけると、にんまりと笑って手に持っていた扇を突きつけた。
「貴方、やっぱりあの時の侍従なんじゃない! この嘘吐き。やっぱり詐欺師の息子は詐欺師なのね!」
そのあまりにセンセーショナルな告発の言葉に、ギョッとした様子のクラスメイト達の視線が、告発を受けた男子生徒へと集まった。
ライハルト・グリード。
黄金を溶かしこんだような濃い金色の髪と、アクアマリンのように煌めく水色の美しい瞳を持っているその生徒はクラスの中心でいつも穏やかに笑っている。
成績が優秀なことを鼻に掛けることもなく、武術の腕が良い事で横暴になることもなく。
ライハルトは、でしゃばらず、けれど頼りになる存在としてクラスで認知されていた。女子生徒たちからだけでなく、男子生徒からの人気も高い。
そんなライハルトに対して、「詐欺師の息子で嘘つきだ」という告発が為されたのだ。
「な、なにを突然。急に下級生のクラスへ押し入ってきて、何故そんなデタラメ。誰が信じるっていうんだ!」
ベントが、ライハルトを庇って声を上げる。
このクラスは子爵家の子女が中心だ。というより、子爵家の子女の中に、伯爵家のライハルトがひとりだけ混じっているというのが正しい。
ベントは隣の伯爵家のクラスだが、まだ授業が始まる前という事もあって、スイとライハルトがいるこのクラスへ集まって一緒に話をしているところだった。
ちなみにもうひとり、ライハルトは相手にしていないがあの自称幼馴染みであるソニア・ハーバル子爵令嬢も隣のクラスから寸暇を惜しんでライハルトの下へとやってきているので、今も後ろの席にいる。こちらもベントとはお互いに天敵のようで顔を合せる度に口撃し合っている。
「デタラメではありませんわ! だって、おかあさまから教えて戴きましたもの。あなただけに特別に教えてあげるのよって。でも同じ学園のみなさまが、その詐欺師の被害に遭われることにでもなったら、わたくしの寝覚めも悪くなるというもの。特別に教えて差し上げることにしたのです」
ベントの批難に対して余裕の表情で答えながらクラスを見回したその上級生は、ニーナ・ボン。伯爵家の人間であると自ら名乗り上げる。
「グリード伯爵家の男たちが、どれほど迷惑な存在で、貴族の位に相応しくないかということを知らしめることは、この学園の令嬢たちの未来を守る事なのですから!」
ドヤ顔で言われた言葉の内容を察した生徒たちから返された反応が、さきほどよりずっと薄い物であったことに、ニーナは拍子抜けすると共に大いに焦った。
本来なら先ほどのニーナの言葉の内容を知りたがる生徒たちで、大いに盛り上がる筈だと思っていたのだ。
母からブル侯爵家で働く少年に纏わる事実を教えられてからずっと、それを学園で暴露できる日を夢見ていた。
いつもなら終わるのが惜しくてならない長期の休みが早く終わらないかと、ニーナは興奮しながら妄想して過ごしたのだ。逸る下級生たちに急かされるのを出し惜しみしながら、口止めしようと焦るライハルトを甚振る自分を想像して、この日が来ることを指折り数えて待っていたというのに。――何故なのか?
「馬っ鹿みたい。ライはそんな人じゃないもの。私には分かってるからね、ライ?」
想像していた反応と全く違う「きゃっ。言っちゃった☆」という煽り言葉つきで、ふざけた発言までされたことに動揺したニーナは、自分の発言を誰も本気で受け取っていないことに焦った。
「ちょっと! わたくしのせっかくの厚情を無にするつもりですの?!」
切れ気味に叫んだところで、周囲から冷笑が浴びせられる。
ニーナ・ボン伯爵令嬢が教えてくれなくとも、ライハルトの家の事情について知らない者などこのクラスにはいない。それどころかこの学年のほとんどのクラスへも伝わっている筈だ。
何故なら、同じクラスになった初日の自己紹介時にライハルト自身が説明してくれたからだ。