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借金まみれの伯爵令息は、金貨袋を掲げたお姫様を夢見る  作者: 喜楽直人
第三章 貧乏令息の、夢と希望と現実と
28/90

3-6.貧乏令息は心に決めたその人に誓う

※短編『金持ち公爵令嬢と貧乏な王子様』小話です

3-6. 



 さらさらさらさら


 微かに聞こえる、どこかで聞いたことのある音。

 その音が、どこから聞こえているのか分からずに、ライハルトは辺りを見回した。


 皆が学園内の食堂で思い思いのメニューを頼んでいる昼休み。

 寮で出される朝食から失敬してきたパンでの昼食を、こっそりと済ませられる場所を探し廻って半月。最近ようやく見つけた場所が、この裏庭にある木立の中にひっそりとおかれたベンチであった。


 みんなが食堂に向かうこの時間帯、この裏庭のベンチに人がいるのを見たことはなかった。


 なのに。人気ひとけのない静かなそこに、黒髪の美しい令嬢が座っていた。


 その長い髪が、風を受けてサラサラとちいさな音を立てている。


 幼い頃はずっと後ろで束ねられていた美しい髪が、今はやわらかな風に靡いてさらさらとちいさな音を奏でていた。




「……寝てる?」


 ベンチに座って本を読んでいるウチに眠ってしまったのだろうか。

 ライハルトがいるクラスは子爵家の子息令嬢がほとんどで、この学園で最も高貴なる公爵家の令嬢が所属するクラスからは最も遠く離れている。だから、こうして顔を見るのさえあの入学式以来だ。

 自習にでもなったのだろう。その膝の上には開いたままの本が乗っていた。


 整い過ぎてどこか冷たく見える美貌が、眠っている今はどこか幼く、ライハルトの記憶にある少年のものとよく似て見えた。



 入学式で、この美しい人の名前を知って驚いた日が懐かしい。


『……この学園の生徒として日々研鑽を重ね、共に栄えあるファーン王国を支える人材となるべく努めて参りましょう。新入生代表アレッサンドラ・ラート』


 隣に座っていた訓練所の仲間と馬鹿面晒して顔を見合わせた。


 誰もが見惚れる美しい公爵令嬢が、まさか男性形の名前に変えて男に混じって鍛錬をしていたなど、誰に想像できるだろう。


 突然、挨拶もなく辞めてしまった仲間を皆で悲しんだ。

 けれどこうしてその仲間の正体を知ってしまえば、突然辞めてしまった理由を推測するのは簡単だ。


 ――元気で良かった。


 誰が言い出したのか『突然辞めてしまったのは、不治の病に罹っていたんじゃ』そんな噂が流れて皆でお見舞いを贈った。


 貧乏過ぎて、周りの皆が盛大な見舞いの贈り物をしている中、自分だけが庶民のような贈り物をした。


 もう枯れてしまって捨てられているだろう――そんな事を思い出した時、風がそれまでより強く吹いた。



 パラパラパラ。


 令嬢が膝の上に乗せていた本のページが風に揺れて、そこに挟みこまれていた栞が地面へはらりと落ちた。



 そっと近寄って拾い上げる。



「……四葉の、」


 金のないライハルトが、『幸運のお守りです』と書いて、見舞いの手紙に入れたのは四葉のクローバーだった。

 伯爵家とは名ばかりとなっていたライハルトが病気で辞めていった仲間へ贈れたのは、庭で見つけたそれだけだった。

 押し花というものにしなくてはいけないのは分かっていたけれど、時間もないしやり方もよくわからないまま時間が許す限り辞書に挟んでおくことだけはして、贈ってしまった。


 今でもグリード伯爵家にあるその辞書には四葉のクローバーの形をした染みが残っていて、目にする度に苦笑していた。



 それが今も、彼女の手元にある。その意味。



 美しい紗に包まれた栞を、そっと彼女の本へと差し込むと、ライハルトは足早にその場を後にした。




 顔が熱かった。


 胸の高鳴りが抑えられない。


 苦しい。



 彼女には、侯爵家の三男だという婚約者がいるとライハルトは知っている。


 借財だらけの伯爵家の嫡男などお呼びではないのは分かっている。


 あの栞にあった四葉のクローバーが、ライハルトの贈った物と同じ物だとは限らない。


 同じクローバーだったとしても、そこに幼い頃の訓練所の仲間との思い出以外の意味などないかもしれない。



 これは、都合のいい妄想だとライハルトだってわかっていた。


 わかっている。



 だから。



 ライハルトは、泣きたくなるようなこの気持ちの、名前を知りたくなどなかった。



 だから、決めた。

 これから先、あの美しい人を、視界に入れないことにする。



 ――あの方に心惹かれてしまうのは、裏切りになる。いつか自分を迎えに来てくれる、夢の女性への裏切りとなる。



 心の中でだけだろうと裏切りは裏切り。


 元々、気軽な学生時代の恋もするつもりはなかった。

 自分の身も心も、夢の女性に捧げると決めたのは、ライハルト自身なのだから。


 自分には、自分自身ただそれだけしか相手に返せない。


 それなのに、心すら捧げられなくてどうする?

 心の真ん中に他の女性を住まわせたままでは、グリード家の莫大な借財に見合うだけの返礼になると思えない。


 さすがに、そこまでライハルトという一個人に価値があるとは思い込むことは、ライハルト自身には出来なかった。







※この、「ライハルトのクラスは子爵家の子息令嬢がほとんどで」に誤字報告を戴きましたが、ライ君が振り分けられたクラスはライ君以外は子爵家の子しかいないので間違ってはいません。ただし情報が伝わりにくかったようなので訂正を入れてみました。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ない……! なんで寝てんだアレッサンドラーーー!!
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