3-2.貧乏令息、仲間たちと再会する
3-2.
ざわざわざわざわ
人の視線が、一点に集中していく。
今年度の入学生に王族はいなかったけれども、臣下として最高位となる公爵家のおひめさまがいるという。
アレッサンドラ・ラート公爵令嬢。
このファーン王国に5つある公爵家の中で最も国王陛下の信が厚いとされ国内有数の資産を誇るラート公爵家。その後継者として長らく教育を受けてきた、王妃、王女に次ぐ尊き存在である令嬢。
今年の新入生代表として、その人が、いま壇上に昇っていく。
高貴で、裕福。それだけでも羨望の的だろうに、美貌と知性を兼ね揃えた完璧な存在なのだと、昨夜も興奮気味に話す生徒が寮には沢山いた。
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「ひと目でいいから会ってみてぇ!」
「明日の入学式で会えるだろ」
「それは見るっていうんだ。会うっていうのは、相手に俺を認識して貰ってこそだろ」
聞き耳を立てていた会話に思わず「なるほど」と呟いた。
あちらから認識されてこそ会っていると言えるのだという言葉は、妙にすとんとライハルトの胸に落ちた。
ライハルトも、いつか自身が夢見る相手と会うことができるだろうか。
会えるとしたら、いつだろう。
「……馬鹿らしい」
まずは相応しい人間になることが先なのに、と思わず吐き捨てた言葉は自分で思った以上に強く口から出て行ってしまったらしい。
公爵令嬢の話題で盛り上がる一団の耳に届いてしまったようだった。
「なんだと?!」
「馬鹿らしくて悪かったな!」
いきり立って、立ち上がった一団に向かって頭を下げた。
「申し訳ございません。少し考え事をしておりまして……」
注意しなければと思っていたのに、ライハルトの口から咄嗟に出た謝罪の言葉は、つい先日まで過ごしていたブル侯爵家で使用人として使っていたものだった。
「!!!?」
「?!」
驚かれても当然だ。ここは貴族しかいない学園なのだ。
確かに奉公に出る下位貴族の子女の中には、早くから奉公に出るものもいる。しかし、ここでその言葉が出るようでは拙い。
けれど、目の前のふたりが驚いたのは、それが理由ではなかった。
「ライ? お前、ライハルトだろ」
「ベント?! お前、ベントか」
そこにあったのは、訓練所で一緒だった懐かしい仲間の顔だった。
「うわー! ひさしぶりだな。生きてたのか、お前」
「はは。生きてたさ。すまないな、連絡できなくて」
ライハルトがブル侯爵家に奉公に出てからはまったく交流が途絶えていた。
そういえば自分もきちんとした挨拶をしないで、あそこを辞めてしまったのだとライハルトは、もう一人のかつての仲間の顔を少しだけ思い出した。
彼も同じ歳だ。もしかしたらこの学園に来ているのだろうか。
会えるだろうか。
「……まぁな、色々、聞いてるし。気にすんな」
「……ありがとう」
しんみりとしてしまった空気を吹き飛ばすように、ベントが「そうだ」と話題を変えてくれた。
「あー。でもさ、俺、もしかしたらここに来たらアレッサンドロに会えるんじゃないかって思ってたんだけどさ、まさか先にライハルトと会えるとはなぁ。嬉しいぜ」
「おいっ。話題変わってねぇ」「あっ、そっか。そうだな」
ベントが横から腰パンされて呻いた。
そうして、かつての仲間に会いたいと思っているのは自分だけではなかったのだと思うと、嬉しいような何か胸の奥がモヤモヤするような不思議な感覚を覚えて首を傾げた。
ベント達から会えないと思われたのは、それはライハルトの父が詐欺に遭い、グリード伯爵家が莫大な借金を背負ったという話と、それよりライハルトが家を出たという事を知っていたからかもしれない。
借金により伯爵家の嫡男にも関わらず奉公に出たという噂が、訓練所内に出回っていてもおかしくない。
なにしろ手配をしてくれたのは訓練所を開いているブラン伯爵なのだ。
こういう話は内密にしようとしてもどこからか漏れるものだ。
それでも、伯爵家の嫡男が学園に入学する前から奉公に出ていたという事実はあまり外聞がよくない。
だから、それに関係する話題を懸命に避けようとしてくれている二人の旧友の姿がライハルトは嬉しかった。
「やぁ。スイも久しぶり。いいよ、伯爵達へ迷惑をお掛けしない範囲でならネタにして貰っても構わないさ」
借金の原因が父が詐欺に遭ったからだという話は別に内密にするようなこともでない。すでに父自身が王宮で騒いだのだと祖母からも聞かされている。
こちらについては、貴族としてむしろ全く知らない方がおかしい。
だから借金のせいで学園で後ろ指を指される覚悟はしていた。気を使ってくれる仲間に対してまで神経を尖らせる必要はない。
「おぉう。強くなったな、お前」
「見た目は軟派になったけどな。すごいな、その髪。ゴージャスすぎるだろ」
スイの言葉にライハルトは自分の髪を掴んで揺らしてみせる。
「あぁ。王都だと、かなり良い値で売れるらしいな。あともう少し伸びれば更に高値がつくらしい」
「そっちか!」
自分に売れるものがあるならば、何でも売って金にするつもりがあるライハルトは誇らしげに笑って見せた。
寮では石鹸が使い放題だ。「石鹸で洗った後、酢で濯げば綺麗な艶がでる」とも買取を相談した床屋で教えて貰ったライハルトは、どうせならば高値で売れるその長さまで伸ばしてから売るつもりだった。
「だが、剣の方もちゃんと磨いてたぞ」
つい話が弾んで、無手による組み手を始めてしまった。
この後、寮長に見つかって拳骨を喰らうことになるのだが。それは置いておく。
「くぅ~。ついにお前をコテンパンにしてやれる日が来たと思ったのに。でも、俺達だって腕は磨いてきたさ。見てろよ?」
「俺だって負けないぜ!」
わいわい、わいわい。
久しぶりに会ったというのに、訓練所にいた頃のままの会話ができていることに、ライハルトは感謝していた。
「あぁでも。アレッサンドロにも、会えたらいいのに」
彼は、元気でいるだろうか。
今、何をしているのだろうか。
仲間と会話をしている間、ライハルトの頭の中で、線の細い、細すぎるもう一人の仲間の記憶が、何度も何度も繰り返しひらめいた。