3-1.貧乏令息、入学する
王立学園入学式当日・朝
3-1.
「やっと見つけたわ! ねぇ、ひどいじゃない。あの日、私がグリード邸で待ってるって知ってたのに戻ってこないんだもの。私、とっても寂しかったんだから」
王立ラキサ学園入学式の朝。
初々しい学生たちが居並ぶ会場の入口で、人混みの中から誰かを叱責する声がした。
聞き覚えのある声だとは思ったが、頭に思い浮かんだその姿はあまり近づきになりたい相手でもなかったのでライハルトは気が付かなかった振りをして用意されていた伯爵家の子息令嬢の為の席へと足を向ける。
けれどもその声は、ライハルトが振り向きもしなかった事で、より一層大きくなった。
「ライ! ねぇ、何を拗ねているの? 幼馴染みなのだもの、一緒の馬車に乗って王都へ来たかったのに。勝手に先に行ってしまうなんて酷いじゃない」
自分より高位の子息令嬢しかいない区画にも関わらず、人を押し除けてライハルトの傍までやってきた自称幼馴染みにうんざりしながらも、愛称で呼ばれては仕方がないと諦めて返事をすることにした。
愛称で呼んだ事に対してもきちんと拒否を表わしておかなくてはいけない。
振り向くと、やはりそこには奉公先であったブル侯爵家から里帰りしたライハルトが、実家へ置き去りにした令嬢と同じミルクティ色の頭があった。
「お久しぶりですね、ソニア・ハーバル子爵令嬢。隣の領地とはいえ赤の他人の私が、貴女と馬車で同乗して王都まで来るような真似ができる訳がないじゃないですか。そんなことをしたら婚約者のいない貴女の評判にも関わりますよ?」
「やぁだ、ライったら。そんなこと気にする必要なんてないのにぃ」
気にするのは、ライハルトだ。
ライハルトには大願がある。
それを叶えてくれる存在に出会う為にも、こんな風に不特定多数その他大勢でしかない女性から親し気にされる訳にはいかないのだ。
念の為に釘を刺しておくことにする。
「それと。お互いにデビュタントも済んでいて、まだ婚約者もいない身です。勝手に愛称で呼ぶのは止めて下さいませんか?」
迷惑です、と続けようとしたライハルトだったが、残念ながら教員から「早く着席するように」と声が掛けられてしまった。
「さぁ。子爵家の方の区画はあちらです。早く席に行かれた方がいいですよ」
できるだけ感情を乗せずに表情だけで笑顔を取り繕い手で指し示すと、自身は空いている席へとさっさと着いた。
「うふふ。照れてるのね、可愛い」
ぞわっと背筋に寒気が奔るような言葉を残して、自称幼馴染みが自分に用意された区画へと歩いていく姿を横目で確認して、ライハルトは安堵した。
この学園の門を潜った辺りからずっと感じていた視線は、彼女のものだったのだろうか。
それともまだ他に誰かいるのだろうかと考えたところで、開会の言葉が宣言された。