2-7.貧乏令息は尊敬する祖父母に誓いを立てる
2-7.
ハーバル子爵の、父を蔑むあの冷たい視線。
ライハルトへ向けた値踏みするような視線とその後の冷笑。
そして呟かれた言葉は「噂通り、あの伝説の漁色家と謳われた先々代そっくりだな」のひと言だった。
漁色家がわからなくて後日図書室で調べると『色事師、多くの女性を玩ぶ、粋な男』と辞書にあった。女性を玩ぶことが粋だとはライハルトにはまったく以って思えなかったが、そういう考え方もあるのだと覚えておくに留めた。
それまでも恋人の女性以外に靡くことはよくないと図書室にあった恋愛小説を読んで知識として持っていたライハルトではあったが、「漁色家は、結婚相手として好ましくないらしい」と理解したのはこの時だ。だからハーバル子爵には感謝していた。
余談となるが、そうしてその時初めて、ライハルトは父の「祖父にそっくりだから、持参金を沢山持ってこれる女性を射止められる」という言葉が成立する理由が、すとんと腑に落ちたのだった。
それまでは父が言っている、という事だけがライハルトにとって根拠となるすべてで、「曾祖父にそっくりの綺麗な顔」だから「 持参金を沢山持ってこれる女性を射止められる」と頭の中で繋がっていなかった。
そしてソニア嬢の父親であるハーバル子爵は、ライハルトを見て漁色家の祖父そっくりだと断じている。
そんなハーバル子爵が、ライハルトに娘を嫁に出す訳がない。
その為に大金を積み上げる訳がないのだ。
隠すつもりさえないハーバル子爵の思惑を全く受け取れない父と母にガッカリしたし、母親同士が仲が良かろうと他家の令嬢を迎え入れる為に紅茶や菓子などを用意して余計な金を使わせられたことにもライハルトは憤慨していた。
ありえない未来を夢見て無駄な投資をするなど、それこそライハルトからすれば無意味だと思われた。
勿論、ソニアが悪い訳ではないことくらいはライハルトにも分かっている。
呼ばれたから来ただけ。もてなしも出されたから受けただけ。それは分かっている。
とにかく、両親の様子からは莫大な借金をしているのだという自覚があるようにはまったくみえず、ともすれば口からため息が零れた。
「今日は祖父母の墓参りに寄っただけですから。すぐに王都に向かいます。寮生活が始まる前に少し王都での暮らしに慣れておきたいんです」
「えぇ~! ライにいろんな処に連れて行って貰おうと思っていたのにぃ」
唇を尖らせ拗ねた様子で上目遣いで見上げるハーバル子爵令嬢の様子に、ライハルトは自分の判断が間違っていなかった事を理解した。
本当は数日掛けて領内を巡り挨拶に向かいたい相手もいたし、父のお目付け役として王宮から派遣されている方にお礼を伝えたりもしたかったが、仕方があるまい。
ここにいればいるだけ、この子爵令嬢に付き纏われるだけだ。
そうして、なにくれと良くわからない出費が増えることになるのだろう。間違いない。
「すみません。けれど、祖父母へはひとりで挨拶に伺いたいのです」
ライハルトは笑顔で子爵令嬢の同行を断ると、旅装を解くことなく祖父母の墓へと足を運んだ。
先祖代々、グリード伯爵家の者が眠る墓地は屋敷の裏にある森の中にある。
あまり人が立ち入りそうな場所ではないが、領民が手入れをしてくれているのだろう。墓は雑草に埋もれることもなく、綺麗なまま、そこにあった。
花を手向けようかと思ったが、枯れてしまった後の手入れも自分でできないので、ブル侯爵家の庭師に分けて貰った勿忘草の種を撒いた。
小さな青い花弁の花が春先につく勿忘草は、ブル侯爵家の庭の至る所にその種が風で飛んで根付き、家人は皆、春になって突然意外な場所で咲き誇る青い花を見つけては笑顔で報告し合っていた。
それだけ強い花だ。管理をする者がいなくとも、いつまでも祖父母の墓を見守ってくれるに違いないとライハルトは思った。
「次にここへ来れるのは、学園を卒業したらになると思います。その時に、本当に妻となる女性を紹介できればいいのですが。……頑張ってきますね」