1-2.訓練所の出会い
1-2.
武芸については、週に3日ほどだったが王宮勤めを続けていた祖父の出勤時間に合わせて馬に乗せて貰い、祖父の古い友人が開いているという訓練所へ通わせて貰っていた。そこで同年代の友人にも恵まれた。
特に、ライハルトとは3日違いで後から入ってきたアレッサンドロとは同じ歳で身長がほとんど一緒だったこともあって、よく組んで準備体操をしたり素振りの数を数え合ったりすることが多く、なんとなく話をするようになった。よく一緒に組んで木剣を使った組打ちもした。
「家で、指導してくれる人に教えて貰ってたんだけど、『自分が負けるのは大人相手だからと思っているだろ』って言われて、ここに放り込まれました」
少し拗ねる様子で自己紹介してくれたアレッサンドロは、訓練所内で特別な存在に見えた。
高位貴族の子弟が多く通うこの訓練所には、所謂”美形”と言われる者たちが沢山通っていた。
その中であっても、アレッサンドロは誰よりもひと目を惹いた。
まっすぐな黒髪を一つに纏め、シンプルな白シャツと黒いトラウザーにロングブーツ。皆と同じような服装しかしていないのに、気が付けばアレッサンドロに注視している自分がいた。そうして、ハッとした様子で慌てて視線を逸らす仲間の多さにも。
多分、誰よりも訓練所に入って短いのに(ライハルトは彼より3日も長くここにいる!)、素振りひとつする姿すら様になっているからだとライハルトは自分に言い訳した。
アレッサンドロは、力はない癖にすばしっこくて、半歩しか動かないのにライハルトの剣をするりと躱して見せる。何度やっても勝てなかった。
悔しくて悔しくて仕方がなかった。
訓練所に通わない日も毎日素振りをしたり、ダンス用の鏡の間で剣を振り回しては祖母に叱られたりした。
その甲斐があったのか、段々とライハルトの勝率が上がっていく。
負けたアレッサンドロは口を尖らせて「段々勝てなくなってきちゃったなぁ」なんて悔しがってみせるから、つい調子に乗って「お前も、もう少ししたらもっと背も伸びて筋肉がついてくるさ」などと先輩風を吹かせてみたりしながら、「絶対に負けられない」と気合を入れ直しては素振りに力が入るのだった。
けれど、一年が過ぎ二年が過ぎ、訓練所に通い出して三度目の春を迎えても、何故かアレッサンドロの身長は伸びなかった。
「同じ訓練してるのに、お前はひょろっこいままだなぁ」
誰かの言葉に、アレッサンドロが悔しそうに俯く。
身長だけではない。身体の厚みが違うのだ。一人だけ、薄い子供のままのような身体つき。
違う。
幼年期の子供のふくふくとした肉付きではない。少年期の骨っぽさでもない。
アレッサンドロは、そういう体質なのか確かにライハルト達と違う身体を持っていた。
半歩動くだけで剣を避ける動きに変わりはない。
けれど、そこに不思議な色が見える気がするのだ。特別、ともいう。仲間の視線が少しずつ浮ついたそれになっていく。彼らの視線がアレッサンドロに集まっていることを感じる度に、ライハルトは苛立った。
ライハルトは、段々とアレッサンドロと一緒に組打ちをする時に『強く打ち込み過ぎたのではないか』と焦る事が増えていった。多分、ライハルト以外も。
手抜きをしたら睨まれる。だから全力で、だが膂力に頼る攻撃をしない方法を模索する日々。
けれど、アレッサンドロと組打ちをするのは、ライハルトだけではない。
他の仲間が組んだ時も、打ち合った木剣の衝撃にアレッサンドロが剣を取り落とす事が増えていく。
春の日差しの中、悩んでいる様子のアレッサンドロを見ているだけで、ライハルトは胸の奥が掻き毟られる気がした。