2-4.奉公子息は理不尽にも種類があると知る
2-4.
「ニーナ、黙りなさい。……ごめんなさい、娘は少し混乱しているようなの。すぐに連れて帰るわね。侯爵家で働く者を、勝手にスカウトしようとしたなんて。失礼なことをしてしまってごめんなさい。その侍従見習いにも謝っておいて?」
絶対の自信をもって、母は自分に対して非礼な行動をしたあの侍従見習いに罰を与えてくれると信じていたニーナは愕然とした。
「ヒドイ! 謝罪されるべきは私だわ! あんな失礼な態度を取るような子におかあさまが謝る必要なんてないわ」
ぎゃあぎゃあ騒ぎまくるニーナに、母はオロオロと手をこまねくばかりだった。
叔母であるシャルルと傍にいた侍女達も、遠巻きにすることしかできない。
そこへ、一人の少年が部屋の入口へ連れてこられた。
まるで彼の周りに光が差し込んでいるような黄金の輝きを身に纏ったその少年は、優雅な仕草で、頭を下げた。
「お嬢様のご機嫌を損ねるような物言いをしてしまいましたことを、お詫びいたします。けれども、私はブル侯爵様と直接契約をしております。もしどうしてもとお嬢様が思われるのであれば、交渉は私とではなくブル侯爵様へ直接お申し出になって頂けますか?」
「ふん。今更謝罪に来ても遅いのよ! でもそうね、私の足を舐めることができたなら、その謝罪を受け入れてあげてもいいわ」
パン。
ニーナの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ニーナの頬が乾いた音を立てた。
「恥晒しっ。貴女は本当に私の自慢の娘ですか? 淑女としての慎みのない言動、恥を知りなさい」
ニーナは、自分が母に手をあげられたということが、信じられなかった。
一番最初に付けられた教育係に手を叩かれたことはある。問題を間違えたり、動作が美しくないなどの理由で何度も教鞭で叩かれた。あまりの厳しさにひと月持たずに父へと泣きつき教育係を変えて貰ったのだ。
あれ以来、誰にも叩かれたことなどない。ましてや顔だ。
それも、「令嬢たるもの、見目麗しく美しくしていることはとても大切なことですよ」そう教えてくれた母から顔へ暴力を受けたという事実に、ニーナは口を何度もはくはくさせた。
「お、かあさ…ま?」
「帰りますよ!」
ぐっと強引に腕を引かれて、部屋から連れ出される。
視線を下げたままの少年の横を通る時、思わずニーナは足を止めてその顔を睨みつけて呟いた。
「いつか、後悔させてやるわ」
「……残念です。高い給金の話は、それなりに魅力的でした」
目線を伏せたまま口元だけで笑って応えられて、ニーナは軋んだ音がするほど強く、歯を食い縛った。
その時、母からより強い力を籠めて引き摺られた。
「なにをやっているの! 早く来なさい」
――絶対に、忘れない。いつかこの辱めを受けたお返しをしてやるわ。
ほっそりとした姿勢のいい少年が自分の足元へ這い蹲って謝罪する、その姿を想像することだけが、怒りに震えるニーナの足を動かした。
決して、母親に腕を掴まれて、惨めに引き立てられているのではない。
そう自らを慰めつつ、ニーナは小さくなっていく姿を睨んだ。