2-2.奉公先にて
2-2.
「申し訳ございません、お嬢様。私は契約によりご令嬢のお近くに侍る訳には参らないのです」
「契約なんて、どうでもいいじゃない。私が叔母様にお願いして変えて貰うわ。ね、いいでしょう? おとうさまにもっとお給金を出して貰ってあげる。だから、私の専属侍従になりなさい」
ニーナは高らかにその命令を、目の前の使用人へと申し付けた。
母の実妹である叔母が嫁入りした侯爵家へは幼い頃から何度もお茶に呼ばれていたが、年の近い使用人を見たのはこれが初めてだ。すれ違いざまに思わず呼び止めて、その美しい顔に惹かれた。
輝くような金の髪に透き通るようなアイスブルーの瞳。華やかな色彩だけでも見物だというのに、造作ひとつひとつが完璧な配置にあった。
「申し訳ございません。お給金の値上げは是非お願いしたい所ですが、私には家の為になる結婚をしなければならないという誓いがあります。その為には、どのような女性であろうとも安易に近づく訳にはいかないのです」
ニーナの目の前で少年の使用人が流れるような所作で深く頭を下げると、後ろでひとつに括っていた金色の髪が、さらりとひと房耳から落ちた。黄金を溶かしこんだような豪奢な髪が、少年の滑らかな細い首を彩る。それを片手で「失礼しました」と謝罪を口にしながら耳へと掛け直す仕草すら美しく、ニーナの視線を釘付けにする。
けれど。その使用人が「では」とだけ口にして歩き出したところで、ニーナは自分の要求が、たかが使用人それも行儀見習いに来たと思われる下級貴族の子息ごときに断られたのだと理解して、悲鳴を上げた。
養子縁組の申し入れを断ったライハルトは、あの場でひとつの申し入れをして、困惑する大人たちに受け入れて貰っていた。
『私にできる仕事を下さい。できれば住み込みでできるものをお願いします。生活費を差し引いて残った給金で少しでも返済をしたいんです』
当時、ライハルトは十二歳だった。
普通ならまだまだ子供で、伯爵家の嫡男として親の庇護の下、様々な教育を受けながら伸び伸びと暮らしている筈だった。
けれどあの日、養子縁組の申し入れを断った勢いで予て計画していた働いて自分で金を稼ぐことを実行に移すべく、ライハルトはブラン伯爵へ協力を求めたのだ。
そうしてその願いは大人たちから受け入れられ、一年前からブル侯爵家で住み込みの侍従見習いとして就いていた。
必死さが違うのだろう。ブル侯爵家に来て半年を過ぎる頃には、行儀見習いとして学ぶべきマナーや仕事の内容について、指導係として就いた者だけでなく誰からも太鼓判を押されるまでになっていた。
ライハルトの奉公先としてブル侯爵家が選ばれたのには理由があった。
下級貴族の二男以下が、行儀見習いとして上位貴族の屋敷へ使用人として雇い入れられることはよくあることだ。しかし、伯爵家は上位貴族だ。その嫡男を使用人として迎え入れるなど普通はありえない行為だ。
せめて王宮へ出仕するならと話し合いもされたが、幼い伯爵家の嫡男が、魑魅魍魎が跋扈する王宮の使用人寮で住み込みで働いていることがバレて、悪い大人に付け込まれるのではないかと懸念された。
結果、情報を囲い込みライハルトの境遇を秘匿できて、ブラン伯爵とも親交の深いブル侯爵家がライハルトの奉公先として宛がわれた。
ブル侯爵家には今は宮中に職を得ている者もなく、平和に領地経営を営んでいる中立派だ。ライハルトと同年代の子供もいない。後継者となる嫡男は結婚しているがまだ子供もいなかった。そういった意味でもライハルトの将来に影響は薄いだろうとされたのだ。