2-1.ブラン伯爵からの救いの手
2-1.
「養子、ですか」
そういって、エリハルト・グリードはちらりと横に座る息子に視線を移した。
視線の先に座る息子は、エリハルトの憧れてやまなかった祖父そっくりの、金色の髪をしていた。
少しだけウエーブの掛かった髪はほんの少しの光の中でもよく弾いてキラキラと煌めく。まるで黄金が降りかかっているようだと、いつも憧れを込めて見上げていた祖父。
その祖父にそっくりな癖に、中身は嫌いで仕方がなかった陰気な父そっくりの息子が、エリハルトは厭わしかった。厭わしくてならなかった。
今も、困窮するグリード伯爵家から、たった一人助け出されようとしている。
いつだってエリハルトの憧れであるウィリハルトはきらきらと輝きながら、後ろを追い掛けるエリハルトを置き去りにしてゆく。
そうして今も、実の父であるエリハルトよりもずっとウィリハルトに似たこの子供は、苦しみのどん底にいるエリハルトを置き去りにして、ひとり光の中へと行こうというのか。
許せない――エリハルトの頭の中はその言葉でいっぱいになった。
許さない――エリハルトの心の中はその思いでいっぱいになった。
――こんな申し出、考える必要すらない。今すぐ断ってやる。
エリハルトがこの養子縁組の申し出を気に入らなかったのにはもう一つ理由がある。
話を持ってきたのが、大嫌いな父ロイハルトの親友を口にして憚らないブラン伯爵その人だったことだ。
このフォール王国の誇る王立騎士団先代騎士団長であり、今もライハルトを無償で訓練所の鍛錬に参加させている心優しい父の旧友が、エリハルトは大嫌いだった。
この男は、いつだってエリハルトにだけ厳しい。
息子のライハルトには大盤振る舞いで振り撒く優しさや庇護を、エリハルトに対して一度たりとも与えてくれたことはない。
『父を見習ってちゃんと勉強するんだぞ』『騎士になるつもりがなかろうとも、この国の貴族、それも上位貴族である伯爵家の嫡男ならば、剣の鍛錬を欠かす事は許されないと知れ』『領地を繁栄させる為に領主はいるのだ。そこを履き違えるな』
顔を合せる度に頭ごなしに言われてきた小言の数々を、エリハルトはこうして大人になった今も忘れることができないでいた。
忘れるどころか、不意に思い出しては怒りを再燃させてきた。
そんな目の上のたんこぶでしかない男からの申し出を受け入れるなど、エリハルトには端からなかったのである。
まして、伯爵家から嫡男を奪って格下の子爵家の養子にしようなどと言い出すとは、なんという侮辱なのか。
施しのつもりで差し出したであろうブラン伯爵の手を、あっさりと撥ね退ける瞬間を想像して、エリハルトは一人ほくそ笑んだ。
「お断りし」「それは、私がグリード伯爵家から籍を抜いて、他の家の籍へ移る、ということですよね? グリード家に持参金を用意しろということですか?」
悦に入って断りの言葉を告げようとしたエリハルトの言葉を、ライハルトが遮る。
「おい、勝手な話をするな」
「そんなものは必要ない。むしろ、大切な嫡男を貰い受けるのだから受け入れる家から謝礼金を用意する」
子供が大人の会話に混じるなど言語道断だというのに、叱ったエリハルトを無視する形で、ライハルトの質問にブラン伯爵が勝手に回答する。
「……それはお幾らでしょう。それが入れば、グリード家の借金は返し切れますか?」
「金貨50枚だ。借金の総額は知らないので、この金額で返し切れるかはわからないな」
「金貨、……50枚」
ごくり、という音が、エリハルトから漏れた。
ライハルトが楽な生活をするのは我慢ならなかったが、提示された額が今エリハルトの手に入るのは、悪くなかった。
――それに、ここでごねればあと数枚、いや数十枚位は、金貨を多くせしめることができるかもしれない。
まだ手にしてもいない金貨袋を想像してエリハルトの口元が緩む。
勿論、グリード伯爵家が背負っている借金はそんな端金ではない。利子にもならないが、しばらく豪遊する程度のことはできる。
どう交渉したら一番多くの金貨を手にする事ができるか考えるエリハルトの横から、大人びた口調の幼い声が、断りの言葉を告げていた。
「その程度なら、私が働いて終身この家に金を入れた方が借財を減らす為には良さそうですね。お断りします」
「ライハルト! この家の当主であり家長である俺を差し置いて、何を勝手なことを」
またしても大人同士の会話に勝手に結論を出した息子を父は叱り付けた。
しかし、エリハルトの叱責をものともせずに、ライハルトはその誓いを口にした。
「父上、私は私がなすべきことから逃げるつもりはありません。まずは自身の手で稼ぎだせるだけの物を。そして自らも磨き上げ、かならず多額の持参金で借財を埋めて下さる女性を妻に迎えてみせましょう」