1-15.デイジーの愛が向かうところ
1-15.
「訓練所から帰ってきた息子が、玄関先で倒れていて。それを伝えたら母が、……胸を押さえて、倒れてしまって。ずっと病床についていた母に、不用意に心配を掛けてしまったと、後悔しています」
葬儀の席で、なんの躊躇いもなく嘘の死因を伝えるエリハルトに向かって「嘘だ」と指摘できる人間は誰もいなかった。
大体、本人には嘘という意識すらない。
ただ口にしていない事実があるというだけだ。長々と説明しなかった、それだけのつもりなのだ。
だから何の罪の意識も抱かないまま、弔問客を受け入れ、お悔やみの言葉を受け取れる。
あの時屋敷にいたのは、カリンを除けば3人。
罪の意識なく事実と異なる死因を吹聴するエリハルトと、その後ろで悲し気な顔をして目を閉じて手を揉み合わせるデイジー、デイジーの後ろで足元を見つめながら立っているライハルトだけだ。
ライハルトは自分がいつ倒れたのか自覚はなかったし、父に殴られた気はするが、どうして殴られたのかもよく覚えていなかった。
なにか怒鳴られていたような気もするが、それがエリハルトからなのか他の誰かなのかすら思い出せなかった。
そしてデイジーは、本当の事を誰かに知られてしまったら、今度こそ、愛する夫はどこかへ連れ去られてしまうのではないかと心配で、何もできなくなっていた。
別に夫は義母を殴りつけた訳でもなければ、毒を盛った訳でも刃物を向けた訳でもないのだ。
ただ不幸に不幸が重なって、夫との話し合いの最中に、義母はその命を終えてしまっただけだ。
そう。すでに義母の命の炎は消えてしまったのだ。
今更なにをどうしたって取り返せない。
ならば、その死因、終わり方について、少しくらい歪められたからといって、どんな罪となるというのか。
デイジーは懸命に自分へそう言い訳していた。
罪にならないと思うならば、正直に本当に事を告白した方が、ずっとその後のデイジーの生活は正しいものとなると思うのだが、そこには気が付かない振りをした。
とにかく前回義父の死に纏わる諸々により、愛する夫は騎士団によって拘束され、ひと月もの長きに渡りデイジーの元へ戻らなかった。
あの二の舞だけはどうあっても受け入れ難かったのだ。
たとえ、それにより息子の心を殺すことになろうとも。
いや、彼女には息子の心を殺そうなどという意識はなかった。その可能性に目を向けることは最後まで一切なかっただけ。
それだけだ。