1-13.祖母カリンの憂鬱
1-13.
「子供が気を失っている事すら気が付かないで罵倒を続けるなんて」
「……」
「大体、あれはお前が作った借金でしょう? 偽の投資話を信じたのもお前。勝手に当主の証の紋章印を持ち出して借金をしたのもお前。借金して作った金を詐欺グループに差し出したのもお前。詐欺に引っ掛かったという自身の恥を、王宮のエントランスで派手に告白して、国中に広めたのもお前自身だろう」
「……」
「どこにライハルトの罪があるというんだい?」
カリンは、噛み砕くように事細かに、息子であるエリハルト・グリードの罪を数え上げる。
これは気が弱い上にエリハルトへの盲愛が過ぎる息子の嫁にはできない仕事だった。
現に、「ライハルトが殴られて転んだままでいる」のだと病床のカリンを呼びにきたのは嫁のデイジーだ。あの嫁に夫であるエリハルトの暴挙は止められない。
なにしろライハルトを殴った暴漢が、自身の夫であることすらカリンに告げられなかったのだ。
慌ててガウンを羽織って起き出して、ようやく遠くで起きているのだと思っていた喧騒が、我がグリード邸の庭先でのものだと理解した時の混乱を、カリンにはどう表現していいのか分からない。
そんなカリンでも分かっていることがある。
──自分の非を、息子エリハルトに認めさせなければいけない。
もうすぐ死に逝くであろう母として、やらねばならぬ最後の躾でもある。
自身に残された時間がもう僅かしかないことを、カリンは理解していた。
尊敬できる夫とふたり、懸命に領地を運営し、後継者としてエリハルトの教育にも手を掛けてきたつもりだったというのに。どこでどう間違えたのだろうか。悔やんでも悔やみきれない。
なによりカリンは、このふたりの間に遺していくことになる孫が、不憫でならなかった。
確かに見た目は義父ウィリハルトによく似ている。
髪や瞳の色だけではない。造形そのものが、稀代の色男と呼ばれた義父ウィリハルト、ライハルトの曾祖父に当たる男にそっくりだった。
けれど、ただ顔立ちが似ているからといって、それが罪となる筈がない。
血が繋がっているのだ。家族に似ているところなどあるのが当然だ。
ライハルトの耳の形はデイジーに似ていたし、指の爪の形はエリハルトにそっくりで、立ったり歩いたりしている姿はロイハルトそっくりなのだ。
全部が全部、義父に似て生まれついた訳ではない。
カリンの知っている義父ウィリハルトは、女性とみれば口説かずにはいられないのかと言いたくなるような男性であった。
ただし、そんな風になったのは最愛の妻が亡くなってからなのだと聞かされてからは、新しい愛人と一緒にいたという話が耳に届く度にカリンの眉間へと刻まれていた皺は少しだけその溝を緩めた。
「父は、母が亡くなってから変わってしまったんだ。多分、時間の過ごし方が分からなくなったんだと思う」
眉間の皺を揉みながら、王宮勤めの合間に、当時グリード伯爵家当主であった父ウィリハルトの代わりとして領地の仕事を熟していた夫ロイハルトが教えてくれたことがある。
エリハルトの目には、義父の代わりに忙しくしていた夫ロイハルトより、遊んでばかりいたウィリハルト・グリード伯爵の方が、立派な貴族、憧れの存在として映ったのだろうか。
憧れと、その憧れの貴族らしい生活を、ウィリハルトが自身のためだけにすべて使い切ってしまったという、妬み。
それがエリハルトの心の奥底にあまりにも深く根付いてしまったというのだろうか。
どれだけ噛み砕いて教え諭しても、エリハルトの心にその言葉が届いていない気がして、カリンは大きくため息を吐いた。