第29番「私の声」
私がゆっくりと顔をあげると確かにそこに立っている3人。
今まで通りなら、ここでかけられる声は今の時間に相応しいお昼の事。
しかし今日は無言。
それが逆に、もの凄く恐ろしかった。
香夏子「来い」
一言、そう言うと私の手をつかみ席を立たせられた。
抵抗しなかったわけではなく、抵抗できる程の思考へと到達していない私はなすがままに引っ張られていった。
連れて来られたのは校舎横。
ここは…屋上へと続く梯子の近く。
それは滅多に誰も来ない場所。
香夏子「あんたのせいで、こっちはこっぴどく説教」
久美「ストレスが溜まる溜まる」
ネネ「って事で~ちょっと遊びましょ」
「ねぇ、ネッシー!」
3人が私を呼ぶ。
私のせいって…何?
遊ぶって…何?
私が何かした記憶はない。
私は何もしていない…何も…。
"嫌だ" "嫌だ" "嫌だ"
香夏子「今何か言った?」
久美「何も」
ネネ「…まさか」
「ネッシーが喋るわけないよね~」
3人は顔を見合わせ楽しそうに笑っている。
何一つ楽しい事なんてない私をよそに。
香夏子にずっと手を捕まれていた私だったが、3人の笑い声が止むと同時に突き飛ばされた。
少しだけ生えた雑草の上、殆ど土や石ころばかりの地面に倒れこむ。
身動き一つせずに寝転んだまま、決して動きたくなかったわけじゃない。
体が動かなかったんだ。
だけど私の目には確かに見えた。
最初は幻であってくれと願ったけど、そこに落ちているものは今の私の状況と同じ現実だった。
それをネネが拾い上げる。
ネネ「っと…携帯? ネッシーのか」
香夏子「ハハ、ネッシーでも携帯なんて持ってるのかよ」
久美「連絡する人なんて家族だけじゃないの~?」
別にあながち間違ってるわけでもないし、違っていたとしても、そんな事は気にはしない。
だけど私の携帯、大切なものがついた携帯。
次の瞬間、私は気づくと立ち上がっていた。
香夏子「何だよ、その顔」
意識してるわけじゃない。
いつものように顔に出ているだけ。
それは今まで誰にも向けたことがない感情かもしれない。
…怒り。
久美「おかしな顔しちゃって」
ネネ「そんなにこの携帯が大事なわけ?」
香夏子「返して欲しけりゃ土下座して願ってみろよ」
ネネから携帯を手渡された香夏子。
私にそれを見せながらそう言った。
確かに怒りはあったが土下座して事が済むならそれが1番いい。
地面に手をつけ頭をさげた。
香夏子「何やってんの? それだけじゃ何して欲しいか分かんないんだけど」
私「返し・」
ボソッと振り絞った声。
しかし虚しく消えている。
"て"が言えなくなっていた。
香夏子「聞こえな~い。 ハハハ。 ほら、早くしないと…5」
久美「4」
ネネ「3」
勝手に始まったカウントダウン。
香夏子は手を振り上げ校舎の壁の方を向いている。
カウントダウンが終わった時に何が起こるかは馬鹿でも分かるであろう。
その時の感情の変化はイマイチ覚えていない。
ただ、さっきと同じように気づくと声が出ていたんだ。
それは心の声が初めて私の声になった瞬間。
「返せ!」
たった一言の言葉を言っただけで冷や汗が出てきている。
呼吸をするのが苦しくなっている。
…しばらくの静寂。
久美「ネッシーの声初めて聞いたよ」
ネネ「私も」
香夏子「あ~」
さっきとは一変して3人の表情から笑みは消えている。
それはきっと私と同じ感情。
楽しいから怒りへの変貌。
その直後…。
香夏子「よく出来ました」
そう言いながら私の携帯が壁めがけて投げつけられた。
「あ…」
無意識に足は動き出したが間に合うはずはない事は分かっていた。
だけど諦めたくはなかった。
諦めたくは…。
パシッ。
壁に当たる直前。
上から現れたその人物が私の携帯を受け止めてくれた。
彼のそんな表情を…。
啓介君の怒っているであろう顔を見るのも……初めてだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回、もしくは次々回で最終話予定です。
只今、次回の執筆中なのでまだ未定ですが…。
あと少しお付き合い下さい。
ではまた次回も読んでいただけたら嬉しいです。