#007
少しだけ帰りが遅い、と思い顔を上げてみた俺は、俺の部屋で寝ていたアイビスとアリスと鉢合わせた。
ベッドの俺のすぐ近くで二人とも膝を抱えていた。
お互いに肩を寄せ合い、顔を合わせられず俯いている。
寝ているはずのアイビスが俺の部屋にいて、アイビスが俺のベッドにいる。何か言わなければならないと思うが、何を言えばいいのかが分からない。
とにかくなんとかしないとと思うが、うまく言葉も思い浮かばず、時間だけが過ぎていく。
気まずいとかそう言うレベルじゃない。気まずいなんてレベルじゃない。
沈黙が部屋に満ちる。
と、不意にアイビスが顔を上げ、言った。
「そういえばタロウ君。朝、タロウ君がエマさんに捕まってたときに何か言いかけてたわね。忘れちゃった?」
『ああ、実は……な』と俺が口を開く前に、アイビスが先に話し出す。
『実は私には前世の記憶があってだな――――』
そんなアイビスの言葉を、俺は言葉を失い聞いていた。
俺の沈黙をどう読んだのか、アイビスはさらに話し出す。
「ねぇ、私が知っていることを全部言ってよ。……私はね、タロウ君と結婚して、魔王を倒したら結婚する予定だったの。それでね、結婚後に色々とあって一緒になるはずだったんだけど……」
また、無言。
アイビスの言うことも理解できる。魔王軍を倒す。そのために夫婦で一緒になれば、結婚後も一緒にいられると言っていた。
だが昨日のこと、アリスのこと、レオナルドのこと、アイビスのこと、いろんなことが頭に浮かんだが、俺は何も言葉を発せずにいた。
俺の沈黙をどう見たのか、アイビスが続ける。
「ねぇ、全部話しちゃってよ。……私も全部知っておきたいし。あの地下室の事、魔武器の事、レオナルドやエマちゃんと会ったところまで。全部」
俺はアイビスの目を見返すこともできずに、ただ黙ってアイビスに全てを話した。
アイビスも最初は俺の目を見ずに聞いていたが、段々と表情が変化していき―――――――――――――――。
―――――――――――――――タロウは死んだ―――――――――――――
「っ!!」
意識が覚醒する。
どうやら意識を失っていたらしい。
身体を起こすと、俺は自分が気絶していたことを理解した。体は動かせず、腕も使えない。
自分がどうして死んだのか分からない。何故俺は魔武器によって殺されたのだろうか。
いや、何かおかしい。なんで俺は魔武器の正体を知ってしまっているのだろうか。
頭を捻るが答えは見つからない。俺が気を失ってからどのくらい経っているのだろう。
あたりを見渡すと、カーテンから差し込む陽射しが部屋の中を橙色に染めていた。
『起きたか、タロウ』
「アイビス……。あのさ」
『うん?』
「俺、アリスに告白した」
俺は端的に言った。
アイビスは黙っている。
部屋の温度が再び下がった。
『そうか』
「俺は、あの赤髪の女の人を好きなんだ」
『そうか』
「で」
『それで』
「返事聞いてないんですけど俺!!?」
俺がそう叫ぶとアイビスは目を瞑った。アイビスの頭に手を置こうと思った瞬間、殴られる。
腹に何かが押し当てられる感覚と衝撃が襲う。
『殴る前に言うな!!
何を思ってそう言ったのか。それをちゃんと説明しなかったのかお前は!!』
「す、すいません」
殴り起こしてくれたのはアイビスだった。アイビスの方を向いて謝る。
良かった……夢じゃないらしい。
殴られて少しすると、ようやく俺は身体を起こし、アイビスを見た。
そして理解した。アイビスが怒っている理由が。
「ごめん、アイビス。俺……」
『タロウ、私は怒ってない。お前が死んだらお前が悲しむ人間が増える。それだけだ。いいか、タロウ。アリスはお前の過去を知っている以上、お前のことを嫌っているわけではない。それは分かってるだろ。ただ、お前は自分の命を失いかけたんだ。そんな人間が何も思わないほうがおかしい。……分かるな?』
「……」
俺はアイビスを見ない。さっきの感覚を思い出す。
体がとても重い。
ベッドから、立ち上がろうとする。
「え、タロウ!?」
その俺の腕を掴んで止めようとしてくるアイビス。
俺がベッドから立ち上がると、アイビスは肩を貸してくれた。
部屋全体に温かい空気が流れ込んで、少しだけ気分が楽になった気がする。
『立てるか?』
「あ、ああ」
手を取らなくても立ち上がることができる。まだ立てるから大丈夫だ。
アイビスは俺に肩を貸すと、ベッドから下り、俺の後ろに立った。
そんなアイビスは俺の顔を覗き見るように見ていた。
顔が見えないようになっている。
俺はアイビスが見ている方の肩に手を延ばした。
「え!?」
アイビスが驚愕の声をあげる。
アイビスが俺の顔を見て目を見開く中、俺は、アイビスが見ているであろう顔に向かって手を伸ばす。
俺の手はアイビスをすり抜けた。
アイビスに手を伸ばしたからだ。
「え!? え!? なんで!?」
アイビスが驚いて目を見開く。
当たり前だ。自分の思っていることが、アイビスに伝わらないのだから。
これはスキルとかじゃない。
ただの俺の俺の本能だ。
「なんで……」
「なんでだろうな」
『分からないのか?』
後ろからアイビスの驚いたような声が聞こえたけど、俺はアイビスに聞こえないように喋る。
アイビスは俺を見つめるが、何も言えずに俺の顔を見て立ち尽くしていた。
ただ見つめあって数秒、アイビスは口を開いた。
「タロウ君がなんでアリスに告白すると思ったのか分からないけど、アリスちゃんを好きになったのは、前に会った時から何となく……」
「初めて会った時?」
アイビスの目が揺れる。
俺は視線をアイビスの目に向けた。
「……分からない」
アイビスの目は泳いでいた。
『でも、お前は分かってるはずだ』