#006
やや開けた場所に、直径五mほどにもなった円形の石舞台ができあがった。
その舞台の上で、俺は《障壁》にぶつかってくるものを確認する。
「あれは……魔霜呪だな」
「もう魔霜呪については調べてあったのだな。私が開発した《圧風障壁》とは、ほぼ対になる魔法なのだ。だが、それでも……あの魔法を防ぐには、魔霜呪の壁を一度剥がさなくてはいけない」
「あの圧風障壁と似たようなものは作れなかったのか?」
「もしそれが可能ならとうに計測を終えている。しかし、私には魔霜呪を解除するための手段がないのだ」
と、そこでアルフレッドは、ソフィアを見てから、俺を向き直る。
「貴殿のことは、ウィリアムから聞いている。その……奇妙な魔法を使うと」
「俺の力は、魔法じゃない。単に、マジックでできてるだけだ」
俺の言葉が意外だったのか、ソフィアが小首をかしげた。
マジックのことを隠したまま、俺は続ける。
「俺は魔法使いじゃないが……マジックでいろいろなものを合成することで、魔霜呪を解くことができる」
「合成――そうか、魔法でなくマジックで呪詛を分解しているのか!」
「そういうことだな」
さて、ここからが本題だ。
「さて、ここで本題の1つだ。ウィリアム――いや、ウィリアム・タナカ侯爵は、なぜ魔霜呪を無力化することができないのか。その理由をぜひ、調べてみたい」
「ふむ……理由はわからぬか?」
「心当たりがないな。だが、タナカ侯は自分のマジックについてよく知ってる。ならその理由も知ってるはずだ。それが、魔霜呪の無力化につながるかどうか……さて、どうかな?」
俺が問いを返すと、アルフレッドがしばし考え、
「いや、わからぬな」
「理由を知らないって……理由を知らないのに魔霜呪の解除はできないのか?」
「たしかに、できぬかもしれぬ」
アルフレッドは、懐から黒い石をひとつ取り出した。
青白いクリスタルのような石で、大きさは手のひらに乗るほどだ。
「この石には、ウィリアム・タナカという男から聞いた、とある魔法が仕込んである。魔法名、マジックレイジ。だが、タナカ卿は、それに大した心当たりがないらしい。むしろ、魔法名よりも、もっとよいアイデアを思いついたとすら言っている」
また例の転生情報だな。
この世界には、輪廻転生という概念がある。
魂は一度別の肉体を渡り、別の肉体に生まれ変わる――という話だ。
俺のいた地球、という世界では、物理法則にのっとり、物理法則を超えた生き物が誕生する。
クローンやケモ種のように、自分で自分の肉体を改造できる生き物だ。
生まれ変われるとは限らないが、身体を変えることで、クローンやケモ種と同じことができる生物が増えることもある。
つまり、魔法ではできない、ということさえわかっていれば、クローンやケモ種と同じ方法で魔霜呪を解くことができるのではないか――アルフレッドはそう考えているらしい。
「ウィリアム・タナカ自身の考えなのだとすれば、たいそう合理的な考えの持ち主のようだな」
「だな。問題は、それが事実であったとしても、実践できるかどうかの話だ。今の話を、タナカ侯はどう思った?」
話を元に戻す。
「……魔霜呪に対処できるなら、むしろそれに越したことはないと考え、魔霜呪には手を出さないことにしている、といったことか?」
「その通り。そして、実際に呪いへの対処が可能な状態であるのなら、試すべきだと思う」
「確かに……しかし、タナカ卿はなぜそれを試そうなどと考えたのだ? 理由が思いつきそうなのか?」
「俺はこれまで、たしかに《圧風障壁》という魔法でいくつもの魔法を発生させてきた。もちろん、それを使うための手法だって編み出してるけど、今回のこれは、これまでとは仕組みが違う」
「ほう? どのような仕組みなのだ?」
「魔法というのは、それぞれ意思を持ったエネルギーだと言ってもいい。
そのため、それぞれが独立した意思を持っている。
その意思が同じ魔法を生み出せば、魔法同士は『対となる魔法』を生み出し――相互に影響し合う。
同じ魔法でも、異なる属性の魔法同士が対となる場合は、魔法が消滅するか、対となる魔法が消滅するかの2択だ。
一方で対となる魔法――《圧風障壁》と《雷撃》を合成させた魔法なんかは、対となる魔法同士は『対となる魔法』を生み出せてしまう」
「なるほど。それが、タナカ卿の狙いと?」
「そういうこと。ウィリアム・タナカの記憶でも、タナカ侯は呪い、あるいは幽霊――のような存在になる可能性を検討し始めた。
果たして幽霊というものは、実在するのか?」
「さて、私もそう詳しくはない」
肩をすくめるアルフレッド。
ひょっとすると、長年に渡って呪いによって封をされてきたからこそ、彼の推測は正確かもしれない。
「タナカ卿の推測の正しさはともかく……少なくとも、実際に魔法を用いて呪いに対抗できているという可能性は、高いな」
「そういうことだ。ウィリアム・タナカは、もしそのような魔法が存在するのなら、タナカ卿の言うような『不死の加護』を持っているのではないかと考えた。そして、死霊術師としての適性とその能力についての研究を重ね、今回の魔法開発に着手した」
と、ここまでは『ふつうの常識』だったな。
「だが、それだけではなかったのだ」
「え?」