#003
アリスが湖を訪れ、すでに数日がたつ。
俺はというと、午後も引き続き、魔法関連の書物を読んでいた。
この数日のうちに、俺は、アリスから様々な知識を獲得していた。
彼女が使う特殊な魔法は、風、水、氷、土。
しかし、そのどれもが特殊であり、俺がアリスに教えた特殊な魔法もこの体系とされている。
そして、俺が覚えたのは基本的な部分。
「氷よ、空を舞え。凍てつく冷気を」
俺が呪文を口にすると、湖から一陣の風が吹き、波紋は湖面を揺るがした。
「う、うわあああ! 氷だ! 氷ができた!」
とシャルが大歓声を上げる。他の子どもたちも興味津々といった様子で、窓の向こうを見ていた。
「せ、先生! ぼくにも教えて下さい!」
「せ、先生、僕にも!」
子どもたちのキラキラとした目は、期待と期待でキラキラ輝いている。
まあ、シャル以外は、初級魔法しか使えないんだがな。シャル以外は。
「じゃあ、ここに座って。今から俺が言う事を復唱してから手を前に出して」
「はい!」
「氷よ、地面に触れ、冷気の波動を放て」
俺の指示通り、3、4人の子どもたちが、地面に手をつき呪文を唱え始める。
「先生すごい! 氷ができた!」
「うおー! すげえええ!!」
飛び跳ねる子もいれば、舌を巻く子もいる。
呪文は簡単な単語のみで構成されているため、聞き取れずとも、イメージがちゃんとしていれば、一度見た術式はイメージを確定させ、発動は可能だった。
「すげえじゃねえよバカ! 先生が教えてくれた一番簡単な魔法の呪文ももう忘れたのかよ! これだから天才はいやなんだ!」
「は、はい、すみません」
先生と呼ばれたことが嬉しかったのか、シャルは顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。
俺はそんなシャルにほっこりとして、シャルの頭をやさしく撫でた。
それから一時間ほど経っただろうか。
子どもたちが、だいぶ魔法使いとしての腕を上げてきた頃、部屋の扉がガチャリと開いた。
「タロウやってください!」
子どもたちの騒ぎを聞きつけ、俺の前まで走ってきたアイビスが、そう俺に向かって呼びかける。
「うん? どうしたの?」
「魔法を教えてもらいに来ました!」
「ああ、分かった」
アイビスには色々と魔法のレクチャーをしている。
と言っても、普通の魔法の説明をするだけなんだが。
「まずアイビス」
「は、はい」
「魔法の呪文。覚えてるよね?」
「……あの、さっきも言いましたし、正直、忘れてるか自信がないです」
「いいんだ、分かるまでしっかり教えて」
「は、はい!」
アイビスは勢い込んで頷く。
「それじゃ次はシャル」
「え? え?」
シャルは突然の指名に目をパチクリさせ、
「み、みみみ、聞いてねえよそんな話!」
「まあ基礎の基礎だから大丈夫」
「は、はいいいいい!?」
と、目を剥いて叫びを上げる。
「じゃあ、タロウ。私も聞きたいです!」
「ええ? まあいいけど」
「ありがとうございます!」
ニコッと、その少女は笑うが、
「え、えぇっ!? 私ですか!?」
「他に誰がいるんだ?」
と更に驚く。
「や、やっぱり無理ですよ先生! 『氷よあれ』とか『氷の蛇』とか『水弾』とか初歩の魔法ならともかく、魔法とか、そうそう使いこなせるわけねえから!」
「何を言ってるんだシャル。現にアリスは発動したじゃないか?」
「そ、それはっ、そうですがっ! その、普通、魔術師って体一つで攻撃とかするもんでしょ!?」
「ははは、別にシャルに攻撃してもらうわけじゃないよ。魔法で攻撃するだけだよ」
「い、いや、でもっ! あ、あああ、ああ! そんなものを私が出来るわけが!」
「出来ないのか?」
「や、やりますよ! こんな狭いところで中級魔法なんか使ったら、きっと先生でも怪我しますもん!」
「いや、だから頑張れば」
「無茶ですよ! 魔法使いが上級魔法を使ったら、私なんて……いいえ、たとえ使えたとしても、きっと気絶しますって! 死んじゃうって!」
「大丈夫だって。これは初級だから」
「大丈夫じゃないですってば! 私は!」
「いいから。大丈夫だから。心配だったら君も来てくれ。上級魔法は無理だけど、練習くらいなら……」
「行きます! 行きます行きます行きます! 先生!」
「な、何だ! 先生って!?」
と、俺が言いかけた、その時だった。
――ドンッ!!――
と、爆音が響く。
「きゃああああああああああっ!!」
「わーっ!!!」
子どもたちが部屋の入り口を見てひっくり返り、中には腰を抜かした子もいる。
「お、タロウ?」
突然の出来事にアイビスも目を白黒させて、困惑し、俺の袖を引っ張ってくる。
「先生~、また魔法の暴発を~」
「もうっ!」
とエレナが大きなため息を吐いて、
「まったく、この子は本当に……」
シャルも頭を押さえながら、やれやれと首を振っていたのだった。