#019
俺は大きく深呼吸すると、全身のエネルギーを解放し、全力の飛行魔法で空中を飛び続ける。
眼下に広がるのは、枯れた森の景色。
この森はこのファース領の生命線だ。
ここを落とせば、ファース領の半分以上がこの森に呑み込まれるだろう。
そのためには、どうしても空中から攻撃を仕掛ける必要がある。
空中からなら、ほとんどの攻撃は届かないし、被害も抑えられるはずだ。
攻撃されそうな飛行魔法が来たら街を守るために領主の館に避難して、そのまま森に向かう。
攻撃されない限りは被害が少なく済む上に、ゆっくり森の状況を観察できる上に被害は抑えられる。
今の俺なら、そんな最良の手段がほかに思いつかなかった。
「すごいわね……こんな魔法が使えるなんて、まるでおとぎ話みたい」
隣で、アイビスが感嘆の声を上げる。
眼下に広がるのは、生い茂る深い緑の大森林。
この森を越えれば、街までそう遠くない。
「キュイ?」
魔物か何かが感知でもしたかと思ったが、どうやらそんな雰囲気ではないらしい。
何か、気になるものがあったようだ。
「……っ! 止まって」
アイビスが、俺の言葉にぴたっと動きを静止させる。
一瞬遅れて、草陰から小さな影が飛び出してきた。
飛び出してきたのは、小さな猿だ。
体毛は茶色で、大きさは大人の太ももぐらいしかない。
「魔物か?」
念の為、鑑定を……。
ビーフェンリル Lv.135
HP 4532/4532
MP 1913/1913
拘束 2138
ほらいるじゃねぇか。
攻撃力は高くない。
ただ、敏捷力が異様に高いようだ。
かなり危険な魔物っぽい。
俺がかつて倒したフェンリルの、およそ七倍は大きい。
猿のくせに、かなり速い。
これなら、魔物除けのお香が役に立つかもしれない。
「ガルルルルルルルル!!」
フェンリルと同じ速度で飛びながら、アイビスは猿に向かってナイフを一閃させる。
見事に猿は首を刎ね飛ばされた。
一撃。
ナイフだけで、猿の首を落とすとか凄すぎだろ……。
反撃が来るかと身構えたが、猿は動かない。
まるで、殺されるのを待っているかのように動かない。
「なっ……なっ、なっ……」
アイビスが、フェンリルの首を刈り取った猿が、動かないことに驚愕する。
それから、ゆっくりとした動作でアイビスの方を振り向く。
……アイビスで、勝てない?
馬鹿言うな。
俺には、この猿の素早さを上回る攻撃が、ない。
剣では弾かれるし、剣では当てることができない上に、猿自体の敏捷性も高くない。
「グルルルルルル……」
そして、その猿が、あろうことかゆっくりとアイビスに近づく。
逃げられないようにするためだろうか。
これはマズい。
俺が対処できない。
アイビスは、この猿に絶対殺されないだろう。
……だが、この猿がアイビスに毒でも飲ませようものなら、とんでもないことになるかもしれない。
具体的には、俺もアイビスも、危うく毒で死ぬかもしれない。
アイビスも、この猿の正体に気付いたのか、顔を青くする。
そして、猿がアイビスの上に覆いかぶさろうと、その身体を持ち上げた――
「させるかよ!」
俺は、猿に向かって駆け出し――
「ギュプアアッ!?」
全力で、後ろに飛ぶ。
アイビスが、俺から離れようとしたが、間に合わない。
俺は、アイテムボックスからあるものを取り出し、猿の足に投げる。
「ギュァァ……! なんだ、なにが……!?」
猿の足に、赤い液体が塗られた。
どうやら、毒のようだ。
こんなのまともに食らってたら、やばかったかもしれない。
足に塗られた赤い液体が、みるみるうちに広がっていく。
毒が皮膚の中に浸透したのだろう。
猿は足をだらんとさせて、そのまま地面に倒れこみ、痙攣するような動きをする。
「な……なん、なんなの、この猿は……っ!」
アイビスは、信じられないものを見るような目で、猿の死骸を眺める。
どうやら、これが今回の一番の功労者かもしれない。
「グルルルルルル……」
地面に横たわったままの猿が、呻き声をあげ始める。
生きているようだ。
とはいえ、これで戦闘は終わりということでもないらしい。
死んだように動けなくなったまま、猿は小刻みに痙攣している。
気を失っているわけではないようだし、どうやらまだこの猿は死んで間もないようだ。
それでも、放っておけば近いうちに死ぬだろう。
……となれば……俺も、一度離れたほうがいいのだろうか。
別に俺は、この猿のことなんてどうでもいいし、できればこのまま逃がしてやりたいような気もする。
だが……街で待っている人もいる。
「待って! その子を連れてかないで!!」
そう言って、アイビスが近づいてくる。
そして、短剣を抜いた。
「ま、待て! そんなことしたらまずいだろ!」
「動くなって!」
アイビスが、猿の死体を蹴り飛ばす。
「ひっ……!」
蹴り飛ばされた死体の下半身が、木にぶつかって折れる。
そして、それを呆然と見ているアイビスの横で俺は、フェンリルの死体を背負ってから、大きく跳躍した。
そのまま、猿の死体を街の方角に蹴り飛ばす。
「えっ……!」
フェンリルの猿の死体を受け止められたことに、アイビスが驚きの声を上げた。
……驚いてはいるが、俺だって驚いた。
こいつ、いくらなんでもめちゃくちゃすぎる。
猿を難なく蹴り殺せる時点で異常なのかもしれないが、いくらなんでもオーバーキルすぎるのではないだろうか。




