#015
「あー……もう。こんな時くらい気持ちを察してくれると良いんですけど、ね」
「んなもんは聞きとうない」
忌々しげに舌打ちをするユリウス。まあ、別に良いんですけどね。ここで止めておけば、どうせタロウは来ません。
「アイビス様、ありがとうございました」
「ええ、お大事にして下さいね……?」
にっこり笑う騎士様にちょっぴり驚きつつ、お礼だけはしっかりと返した。
タロウが来ませんように。タロウは来ない、そう願ったのは私自身だから。こればっかりは、身勝手だと分かっていてもどうしようもない。
本当は、来る必要あったのか、って今更思ったけれど。でも、来てくれたら、まあ良かったかなって。
願わくば来る前にタロウが迎えに来てくれる事を祈りましょう。
……こんなお願い、タロウが聞いたら複雑そうです。父様はタロウに甘くしては駄目ですよ、という但し書きがつくでしょう。
そして、タロウは結局来なかった。
待つしかないですね、そう結論付けて、私はタロウに抱き付いて身を預けます。少しだけ、震えていた。
……本当は、分かっていて欲しかった。離れたくなかった。
今更、そんな事を言っても意味はないだろう。分かっていて貰うには、タロウは幼過ぎるから。
身近でその覚悟を秘めた人に、それは出来ないと諭されて。それでも、私は受け入れた。受け入れて、受け入れた。
……此処まで身勝手だったから、タロウは断らなかったと分かっている。それでもきっと、タロウは断った。ずっと前から、自分の気持ちに気付いていて。本当に、仕方ない人。
困ったような、疲れたような、嬉しいような、幸せそうな、そんな相反する感情でぐちゃぐちゃになった顔を見てはいられなくて、私は瞳を伏せたまま、タロウの頭を撫でて誤魔化します。
タロウも困ったような笑顔で頭を撫で返してくれました。
「……お前はそれで良いのか」
「良いんですよ、全部承知の上で来てますし。それでも、タロウの考えも気持ちも理解出来ますから」
タロウはきっと、分かってくれますよね。私みたいに簡単に割り切ったりしないと思います。だからこそ、私はもう、この中途半端な選択をしなくて済む。
それでも、タロウの幸せを考えるなら、ちゃんと言葉で答えが欲しかった。私の気持ちを言葉にして欲しかった。
今一番、理解してくれているのがタロウで良かったです。私は、タロウの幸せを考えて行動しているから、ちゃんと答えて貰えてない。
そしてタロウは理解を示してくれたから、私もタロウの幸せを願って受け入れています。
「……タロウが居てくれるから、私は幸せなんです」
抱き締めていた体を離して、顔を上げます。タロウは真っ直ぐに私を見ていて、私の言葉を受け止めて、それから微笑みました。
「あまり難しく考えるなよ、偶には周りを見ろ」
にか、と微かに顔を緩めたタロウは、それから私を抱き締める力を強めます。いつもとは違った、心から、幸せそうに。
「もっと自分を大切にしろ。……もっと自分を大事にしろ、お前が俺を好きなら、幸せになっていい」
「タロウ、いつもみたいに……って言ってもきっと違うんですよね、いつもはもう少し甘くて熱いのに」
「かもな。でも、今はそれが、一番好きなんだから仕方ないだろ」
愛しそうに私を見上げる目には、私への愛おしさ。愛い焦がれるような、そんな熱がこもっています。
胸の奥底がきゅっと締めつけられて、視界が狭まってきますが……それでも私の意思でしっかりと受け止めないと、と顔を上げて。
軽く、唇を落とされます。覚悟していたので、驚きはありません。軽く触れて唇を離すと柔らかく微笑むものだから、私も微笑み返します。
「……タロウは意地悪ですよね」
「それが愛するものの幸せだろ?」
少しだけ寂しそうな声音で呟かれたので、私は緩く首を振って微笑みます。今度は優しく瞳を細めて、口付けた場所が、とても心地良いものになりました。
……タロウは嘘つき、なんですよ。キス魔だから……私に嘘を吐きたくないから、遠回しに嫌だと否定して意地悪をするんです。
「好きなら、受け止めてくれますよね?」
「……当たり前だろ。それが俺の幸せだ」
「私だけ幸せだったら良いんですね? タロウ、一人きりじゃなくて、もっと幸せにしてくれるって決めてくれてます?」
まだきっと必要としてくれない事ばかりなのに、私は幸せだと思える自分になれば良い。タロウに求められている幸せを、これから積み重ねていこう。
「当たり前だろ、誰が反対だ、誰が。……アイビス、愛してる」
きっとタロウだって、私が永遠に側に居てほしいと願っている事くらい察している。それでも、それでも。
……今は、これだけで良い。それだけで、きっと。
少しずつ胸の辺りにある蟠りが溶けていく気がする。それは嬉しくて、また泣きそうで。でもタロウらしくて、私はとても嬉しくなってしまいました。
そのまま、タロウの唇が私の唇に重なって、啄むくらいに触れる。唇を合わせるのはタロウも久し振りなのでしょう。
タロウは擽ったそうに少しだけ口角を上げて、それからそっと指を離そうとしたので拒みます。
唇だけを重ねた状態ですが、タロウも拒まなかった。私から口付けると、口付け返し。お互いにもう一度の口付けを交わすと、自然と頬を伝う熱い紅玉の感触。どちらともなく指を絡めあって、私もタロウも喜びを噛み締めて。
タロウの口付けを拒めた理由は一つ。
……恥ずかしくて、制御出来なかったんです。タロウに触れられる、それがこんなにも、こんなにも愛おしいものなのかって。
「……アイビス」
そっと窺うように呼ばれ、潤んだ瞳で見上げれば、緩やかに細められた深紫色の瞳が私を映していて。




