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#014

予定通り夜になり、そろそろ皆が寝静まろうかという頃。私は密かに町の外へと出ていた。町の周囲では、今日みたいな満月の灯りがまばらに発生し、闇に沈んでいる。月明かりでさえ、この地域じゃ貴重品だ。おかげで、私の脱走に気づく人は、いないようだ。

おかげで一人きりだ。

少し不安ではあったが、それでももう、大丈夫だと思った。あとは、ジョンさんにお願いをするだけ。

私はジョンさんの元へと向かう。

彼の住まう場所へ。


町は静まりかえっていた。見張りをする者もいないのに、誰も外に出ていないのだ。私は、いつもより慎重な足取りで、物陰に身を潜めた。


数分後、彼は出てきた。長い銀髪を夜風になびかせ、白いジャケットとパンツ姿の、お世辞にもきれいな見た目とは言えない少年。彼が現れると、家の中から、ほっとしたような、安心したような気配が伝わってくる。その息苦しそうな気配に、思わず身震いする。

ジョンさんを家の中へ押し込むわけにはいかない。私はジョンさんのブーツに手を伸ばした。

今は、まだその時ではない。


大丈夫、大丈夫。

大丈夫。


自分を信じるならば。この、ジョンさんの暴挙を……と、信じなければ。

ジョンさんは、大丈夫な人だ。きっと、わかってくれる。


ジョンさんを信じる、信じる……信じる、信じる、信じる、信じる……。


ジョンさん……お願い。

一緒にいて欲しい。彼を一人にしたくない。私のことを、一人にしたくない。二人で……彼の傍にいて、彼に知られず、伝えられない秘密があったとしてもいいから。

私が、私と、この人との仲を勘違いされないために。


頼む、お願い。


ジョンさんが、私を守ってくれるように。私も、貴方との仲を、勘違いされないために。


「――はい」


祈りにも似た私の想いに答える声がして。


ジョンさんの足が、よろめいた。


それを皮切りに、彼の着ていた薄手の服から、ゴト、と音がした。

その音は、足だけではない。コートのフードも、胸元も、私の体も抑えようもなく、大きく揺れた。その拍子に、フードで隠れていた部分が、さらけ出された。

彼の顔が、月光の下、露わになる。


ジョンさんの顔が、近づく。私は、今、見ている。彼の瞳を。


お願い。

私の中に、優しい言葉を、届け。


貴方の想いが届くように、祈れ。


月光の落ちる夜に、私の鼓膜が破れるんじゃないかってぐらいの大きな、大粒の涙が浮かんでいた。

今、この瞬間。この時に、私は伝えたい。


私と、私と一緒にいてくれてありがとう。


私のこの想いに、愛を込めてくれてありがとう。


どうか、ジョンさんに伝わって欲しい。


愛しい人の恋路を、黙って見送れなくて、本当にごめんなさい。


別れの前に、伝えたいことがあるの。ごめんなさい。けれど、聞いて欲しい。


――ずっと、この気持ちを、彼に言いたかったの。


「私の愛が、重い――」


私が呟いた瞬間、ジョンさんの表情が、変わった。

驚きに目を見開き、何かを口にしようとする、その一瞬の隙で。


「アイビス……」


私は彼の小さな体を、思い切り突き飛ばした。


突然のことに、目を白黒させるジョンさんの唇に、私の唇を重ねた。

そのまま、強引に引き寄せる。

唇を離して離れれば、すぐにジョンさんは、私から距離をとった。けれど、逃がさない。逃がさない。

腕を掴み、体を入れ替え、ジョンさんを正面から見つめ返す。

彼の黒い瞳に映るのは、恐怖の顔。

瞳の奥で、どろどろと狂ったように揺れながら、私を睨みつけている。


「ジョンさん……私が、怖いですか」

「違う」


私の言葉を否定し、ジョンさんは首を横に振った。


「怖いと思ったのは、アイビスが、僕の知るアイビスじゃなかったからだ」


違う……?

私が私を知るジョンなら、私を大切にしてくれたアイビスのように、私にも、同じように心の内を吐露してくれたはずだ。


それが、どうして……。

私の見たジョンなら、私に今感じている恐怖や悲しみを分かってくれるはず。


「私は、ジョンさんの知らないアイビスでしたよ? 本当は、こんな子じゃないって、知っていた」


ジョンさんと過ごした時間を、この目で見てきた。

そんな私だから分かる。

出会ってきた、その瞬間から、分かっていた。

この人と出会ってから、私の、アイビスの想いに気付いていた。


ジョンから、距離を置け。

その一心で、じりじりと距離を取る。

私は、まだ抵抗するジョンさんの体を引き寄せた。

ジョンさんは抵抗をするが、体はこちらの思う通りに動いてくれ、彼の体は密着する。彼は、小刻みに震えて、私を振りほどこうと必死に抵抗する。


「私を見たジョンさんなら、分かるんじゃないですか」

「…っ、」

「あんなに必死に、私を見るあなたに、私が見えるはずがない」


ジョンさんの瞳が揺れて。

それから、震える唇が開いた。


「見えても、分からないなら分からないままで良い。それでも僕は、アイビスが好きなんだ」


彼の体を支える腕がゆるんだ。私の肩から滑り落ちた彼は、ガクリとその場に崩れ落ちて、嗚咽をこぼした。

私はそんな彼を抱き起こし、その肩に顔を埋めて、涙をこぼす。

涙は、止まらなかった。


泣きつかれて眠った夜、私は夢を見た。

恐ろしい夢の中で、私が一人泣いている夢。

けれど、その夢の内容はまったく違った。

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