#013
魔王城の応接室。
そこはふかふかのソファーによって囲われています。
私はそのソファーに腰を掛けていました。もう肩も背中もバシンバシンです。
……そういえばここ、応接室って言ってましたっけ。
私の頭の中の「応接室=ここ」が「応接室=トイレ=魔王城」に上書きされてしまったようです。
「……あの、魔王さん」
いつまでも立ってもいられないので、私はようやくそれだけを尋ねます。
でも、もちろん答えを返してくれる魔王さんがいるところは、魔王城の一番奥にあります。他のお屋敷には見当たりません。
そんな魔王さん。私は彼に、一つのお願いをしました。
「おねがいが、あるんです……」
彼の顔は、まだ驚きと混乱で歪んでいます。
でも私の顔を見る魔王さんの青い瞳は、まっすぐに私に向けられていました。
緊張や張り詰めといった色はありません。
「どんなお願いでしょう?」
落ち着いた声で、そんな問いかけてきました。
私の言葉が、彼を混乱させているのでしょう。
お願いというのは、私も良く知っている物です。
今までも何度もお母さんやお父さんの顔を思い浮かべながら、それを実行してきたのです。
今回も同じように、私はお願いをします。
「わたしをここに住まわせてください」
緊張に喉の渇きを感じていた私は、そんな当たり前のことにさえ気が付いていませんでした。
これはきっと、お母さんやお父さんから聞かされていなかった、私自身の落ち度なのです。
お願いは、まず自己紹介から始まります。
そして、それを終えると……ようやく、自分がどんな顔をしていたのかを知ります。
私の顔がどんなふうに変わろうか。
お母さんはどんな顔をしていたのか。
魔王さんも、お母さんも、みこさんも。
きっとみんな、突然のことで戸惑っていることでしょう。
お父さんだって、私の突然のお願いに戸惑うに違いありません。
きっと、びっくりするに違いないでしょう。
みこさんも、お兄ちゃんも、ジョンくんも、アイビスさんだって。
帝都の人たちも魔族さんも、きっと突然そんなことを言われたら戸惑うに違いありません。
私が不安に押し潰されそうな顔をしている間に、魔王さんは「構いません」とあっさりと許可を出してくれました。
緊張に震える声で、私は彼にお願いします。
「あの……わたしが、ここを……ここに住めたら……お母さんとお父さんに……ちゃんと、説明……できますか……?」
私の質問に、魔王さんは一瞬だけ顔を俯かせました。
そしてすぐに彼は、落ち着いた声色で答えます。
「もちろんです。……だって、それが私の望みですから」
「……おそく、ないですか?」
「とんでもない。この魔王城に私の居場所はありませんし……私の夢は、ここで終わりです」
それはつまり、そうなのだろうということ。
彼は決して、ここに住まわなければ幸せになれないわけではないのです。
家族に囲まれ、穏やかに生きられればそれで良いと彼は言うのです。
お母さんとお父さんがここに引っ越してきても、お母さんとお父さんがいない生活にはなりません。
それに比べたら、ここ(・・)は天国も同然なはずです。
いつまでもここに居たい気持ちに偽りはありませんが、もしも住み慣れた家を誰かに譲ったとしたら、きっと寂しさに負けて後悔してからになってしまいます。
私は静かに頷くと、そのまま目を閉じました。
ああ、緊張が、ちょっとほぐれました。
「まず何をいたしましょうか?」
ぼんやりと考えに没頭していた私が、魔王さんの言葉に目を開けます。
すると彼はソファにちょこんと座る私の前に、膝を突いて頭を垂れました。
「私を貴方の御膝にお載せ下さい」
先程と同じようにそんなことを言われて、私は慌てます。
「そんな、けがは? お膝でなくてはいけませんか」
「貴方がここに住み着いてくれれば、私はそれで十分なのです」
私は彼の顔をまじまじと見つめてしまいました。
透き通るような青い瞳が、今もまっすぐに私を射抜いています。
それを見た瞬間、今まで考えていたことが全て分からなくなりました。
好き。好き。好き。好き。好き。好き。大好き。
私がどうして……今、あんなにも、貴方に惹かれたのか。
どうしてあんなに、貴方に救われたのか。
どうして、私はあの時死ななかったのだろうか。
頭の中がぐるぐると、これまでの経緯であふれかえり、言葉にならない私に、彼は淡々と語り続けます。
「この世に生を受けたその瞬間から、アイビス様と出会った瞬間。そして生を受けてから今日に至るまで、ずっと貴方を求め続けてきました。この世界に生まれて本当に良かったと、この日ほど願った日はありません」
「お、とう……さま……」
私はほとんど無意識に、彼の手に自分の手を重ねました。
少しでも貴方のことを理解するために、言葉が零れ出てきます。
「わたしは……わたしの、いとしいひとは……」
そこまで口にした時、私は彼を突き飛ばしてソファから立ち上がろうとしていました。
その拍子に口から飛び出したのは、そんな陳腐な言葉です。
「…………すき。すきすきすきすきすきすき……」
必死に、懸命に、気持ちを言葉にしようとしました。
言葉にしようとしました。
でも口から飛び出してきたのは、結局、ただの感情の奔流で……
「すきすきすき好きです!! わたし、ずっとずーっとずーっとずーっと、ずぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅっと!! このままずぅぅぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅっとずぅぅぅおぉぉぉっっっっっとぉぉぉぉぉぉっっっっと




