#011
女子寮から数キロほど離れた位置で、地面に杭を打ち刺さった大岩を眺める三人の姿があった。
ルナは地面に横たわるシャロンを見たあと、その後ろに回りこむように移動する。
「この岩はシャロン姫たちの魔力の受け皿のようなもの。魔力が尽きてしまえば、あとはただの石像ね」
「だったら、この岩を何とかすれば私たちの勝利ということでしょうか?」
「そう簡単じゃないわ。私たちの存在に気付いた魔術師が妨害するかもしれないもの」
「妨害ですか?」
「ええ、それと魔術師がシャロンを誘拐する可能性も出てくるわ。それでも、最悪シャロンだけ残して、私たちは逃げるしかないかも」
勝ち負けにこだわらずに勝負して、それで負けるのも悔しい。
そのため、この岩山を何とかしなければならないとルナは判断した。
ちなみにこのやりとりをシャロンが聞いたら、激昂して「勝負するのです!」と言い出す。
もしくは「死ぬのです! 私は勝ち逃げするのです」と言い出す。
この場合、どちらに転んでも事態は混沌である、とルナは思った。
「何か手はないのですか?」とルナが聞いたとき、シャロンは「任せてぇ!」と胸に手を当ててガッツポーズを決めた。
それは、自分の全力を出し切ったという自信の表れか。
なんにせよ、この戦いはシャロンの勝利で終わったのである。
そして、決戦の余波は、この戦場にまで届いた。
地鳴りのような轟音が周囲に響き渡ったのである。
「これは……凄まじいですね」
タロウはアイビスを抱えて岩場の方へ跳んでいた。
その足元では、グリフォンの子分たちがオロオロしている。
グリフォンは、ボスワンのシャロンを守り切ったのだ。
その代償として怪我をした。怪我と言っても、重症に近い。
「タロウ、大丈夫?」
下馬したアイビスが心配そうに聞いてくる。
多少、土で汚れているが怪我はないようだ。
ここはもう戦場である。敵の襲撃を受けたくらいでうろたえるべきではない。
そう思ったタロウだったが、アイビスの顔を見たとたんに別の心配が浮かんだ。
怪我はないと言っているが……まだどこか心配そうだ。
「――タロウ様。あそこです」
「あっ、ルナさん! では行ってきますね」
グリフォンの子分たちが示すのは、両軍のちょうど中間にある小さな空き地。
タロウがいまいる場所だ。
そこへタロウは跳んだ。
「…………はっ?」
軽い眩暈と目眩、それに背中の痛み。
身体強化なしとはいえ、いきなり世界の改変を受けたのだ。
タロウは、そっとアイビスを抱きよせる。
「アイビスさん、大丈夫ですか?」
「う、うん、平気だわ。ちょっと膝が痛むもの……」
「膝が痛いですか? もしかして、身体が……」
「ち、違うわ! この背中の傷よ」
「え?」
背の傷はグリフォンの爪を受けたものだ。
「いま気づいたんだけど、足から血が流れていてね。それで身体が悲鳴を上げているのよ」
「ちょっと見せてくれますか?」
「いいけど……?」
タロウはアイビスから受け取った布を切り裂いた。もちろん血がついているのはわざとである。
それが露になるが、とくに大したことはなかった。
これは身体強化して受けた分ではなく、アイビスを守るため、あえて受けたものであった。
ゆえにタロウに直接ダメージがあったり、血がついたとしても、アイビスがすぐに治癒魔法を使うため、気にする必要はない。
逆にタロウの血を見て、アイビスが「ひゃっ!」と思うのは仕方がないところだろう。
「えっ?」
アイビスは驚いた。
タロウの身体をよく見ると、肩口に深い傷がついていたのだ。
あまりに深く空いているため、その傷の大きさが際立って見える。
「アイビス、少し膝を見せてくれますか?」
「え……ええっ!?」
突然のことに戸惑いつつも、アイビスから傷の状態を目視すると、ルナが「あっ」と小さく声を出した。
タロウはアイビスから「よいものを見せてくれました」と、グリフォンの魔石を渡した。
瞬間、アイビスが悲鳴をあげた。
両手で必死に口を押さえながら、「うぉおおおおあああああ!」と言って、タロウの傷口を凝視している。
「アイビスさん、どうかしたですか?」
「や、傷が……傷が塞がらないの!」
「いえ、治れないわけではないんです。塞がらないというか、怪我が治らないという意味ですね」
「そんなことありえないわ! 傷が消えるのは分かるわ」
「この傷はもう一生そのままだと思います。ただ、このままでは徐々にこの傷が増えていくと思います。ですので、治るか治らないか、それを確かめてもらえるでしょうか」
「確かめるって……どうやって」
「その傷が全身に広がるとか、傷が閉じるというのはどうでしょう」
タロウの治癒魔法で、アイビスの傷は短時間で塞がった。
傷については時間とともに傷が癒えていく。
時間が経てば経つほど、タロウの治癒魔法では治せないものの数が増えてきてしまう。
このままでは近いうちに、致命傷までいってしまいかねない。
「それは駄目だわ!」
アイビスはタロウの傷口を手で強く押しやった。
だが、いくら押しても、出血が止まることはない。
「なんで……何で治ってくれないの!?」
「それは、治癒魔法で治したい傷が塞がらないからです。たとえば、アイビスさんの背中に縦一文字の傷があったとして、これが塞がらずに塞がらないのです」
「そうなの……だけど……」
治癒魔法が発動しないと、アイビスはその場で座り込んだ。
よほどショックだったのか、アイビスはガタガタと震えている。
一方タロウもショックを受けていた。




