そして、終
「拾ってくださーいっ」
「…………」
何なのだ。
「ペットだにゃんっ」
「…………」
何の冗談なのだ。
「ぴょんぴょんっ、にゃー?」
「…………(ダラダラ)」
汗がとまらない。
心臓が痛いくらいに動いている。
街の真っ只中。人通りもいつになく激しく。
「なんで返事してくれないのー? ねーねー?」
「…………(あせあせ)」
本能が関わりたくないと警鐘を鳴らしている。誰しもがそうだったのだろう。目の前の人物は、人の波を割って悠然と歩いてきたのだから。
何故、どうして私なのか。ごまんといる人の中で選び抜かれたのが、一体全体何故どうして私であるのか。
周りの目線が怖いというレベルではない。
だって皆、視線すら向けることがないのだから。私達だけ世界から隔離されたのかというぐらいに、一様にして通り過ぎていくのだから。
「どうして無視するのー?」
そりゃそうだろ。
着ているのは、ボロボロのワンピース。かつては真っ白であったのだろうが、今は半裸に近いほどにまで落ちぶれてしまっている。一声かければそれだけで犯罪者扱いになりかねない。
それが小柄な少女であるのなら尚更だ。
本来であれば警護隊が保護しなければならないのだが。
「~~♪」
「…………!?」
気付いていないわけがないのに、目の前を鼻歌交じりに通り過ぎていきやがった。
警護隊が関わりたくない理由など、多くはないのだが。個人的な感情で動いて良いわけがないのだ。この街の警護隊がそこまで腐っているわけではないことは、理解しているつもりであった。
だが、実際に目の前を無視して歩いていったのは事実。気にも留めていないような様子であったのだ。
そのことに驚きを隠せないシフィ。
「まさか……?」
繋がれていた手を無理やりに振り払って、改めて周囲を見回す。そして、一歩。
見知らぬ、名も知らぬただの通行人。その一人に手を伸ばす。
「ん? なんだ?」
「あの、少し良いですか!?」
「んー? 気のせいか?」
「え? いや、あのっ」
二人目。三人目と、同じような結果に。
信じられない信じられるわけがない。
「ねぇ。どうしてそんなに慌ててるの?」
「……っ」
そう。恐らくは全て、この目の前に無垢の笑みを浮かべる少女が原因。何がどうしてといった理屈理由は分からないが、それだけは間違いがない。
「ねぇ。どうしてそんなに焦っているの?」
「…………」
言葉を交わしたら本当に何もかもが終わってしまうのではないか。そう思えて仕方がない。
だが、何かを知っているのだとすれば、瞳の奥を輝かせて覗き込む白い少女だけ。選択肢など初めからたったの一つだけだったのだ。
死にたいかと問われれば、答えはノー。生きたいかと問われれば、またその答えもノーだと。シフィの中で生死の価値観はとうに壊れていた。
「あなたは、なんなの……?」
「えへへ、やっとお話ししてくれたねっ。嬉しいっ」
「嬉しいとかじゃ……っ」
「名前? 名前だね? ミヤ・ラ・ノース。それが名前。私だけの、たった一つだけのなまえっ」
「ミヤ・ラ・ノース……?」
シフィは見上げる。
「そう、あれが私」
「なにを言って……」
ミヤ・ラ・ノース。そう言われれば、思い浮かぶのはたった一つ。
「やっとだよ。やっと一つになれるんだよっ」
「だから、何を言ってるの……?」
生まれる前から、生まれるずっと前から在るモノ。
「私は……ううん。私達は、また生まれ変わるのっ」
ミヤ・ラ・ノース。
それは遥か遠く、空に浮かんでいる星。
「私とあの星は二つで一つ。全ての意志は私へと譲渡され、全ての権限は今この身体にある。そしてあの星は、あとは私と一つになるために動き続けるだけに存在するただの抜け殻」
「……?」
「星と星の融合。これほどまでに神秘的なことってないでしょう?」
「もし、もしもそれが本当だとして……私は、この世界はどうなっちゃうの……?」
「言ったでしょ? 生まれ変わるって。新しい星が生まれて、新しい星の歴史が始まるだけ。当然、みーんな死んじゃうね?」
ミヤ・ラ・ノース。
シフィが、人類が立ち向かうは。
一つの星である。