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失日回想  作者: あいえる
6/8

ミエルケシキ


 真っ暗な部屋。扉を開ければ冷たい空気が流れてくる。独りを経験した者だったら、気温どうこうの話じゃないのは分かってくれることだろう。


 こればかりは慣れることのない感覚。以前の賑やかな空間を知っているシフィにとって、より大きな喪失感を味わうことになる。


 無意識の中でシフィの精神を削っているのは間違いなかった。


 勿論、本人としては乗り越えたこと。気にもしていないことだと思っている。誰かにそれを指摘されたとしても、それを認められないくらいには。


「ただいま」


 明かりを点けることもなく、ぽつと言葉を落とすだけ。そのまま、お風呂場へと直行するシフィ。


 ズボンから脱いでいくのが、彼女のルーチン。洗濯をするからと無造作に脱ぎ散らかしていく。のちに気分を害するのは自分なのだが、そんなことはお構いなし。


 昔はそれを直してくれて人もいたのだが。もしかしたら彼女は帰ってくるのを待っているのかもしれない。こうしていたら、また戻ってきてくれるかもしれない、と。


 一度明かりを点け浴槽に湯を張るのだが、無駄に発達した技術がそれを容易にこなしていく。


 十分な量が溜まるまでは、シャワーで身体を洗う。頭から始まり、顔、首、手、胸、お腹、背中、お尻、股、最後に足。長年繰り返してきた流れだ。


 変わることのない、これからも変わることのないだろう洗い方だ。


 一度明かりを消し、湯船へと入るシフィ。


「……あっつ」


 父が好きだった熱めの湯船。あの頃の設定が、変わることなく残っている。もっとぬるくして欲しいと思っていたはずなのに、変えることのできない過去の名残りに縛られる。


 大きく吐き出された息は緊張が解けた証拠。だがそれは、くつろいでいるのか。それとも、ただの大きなため息なのか。


 小さく流れるものを隠すかのように、湯を手で掬って顔へとぶちまける。


 目を閉じていれば、あの頃の光景が瞼の裏に張り付いてしまう。


 目を開けていれば、真っ暗な景色が見えるだけ。


 だからこそ明かりを消し、何も見えない状況を自ら作り出す。数少ない、お風呂に入る時に変化したことだった。


「……きったな」


 タオルで身体を拭いた後、足元を見た時の言葉。散らかる自分の衣服をみて、そう声を漏らす。自分自身が綺麗になったあとだからこそ、余計に汚い物に見えてしまう不思議。


 それらを踏みつけないようにして、その場を離れるシフィであった。


 足元の見えない中、自身の部屋へと向かう。窓から月の明かりが入り込んでいるのが、実に幻想的である。


 横目でその景色を確認するだけで、すぐに逃げるように背を向ける。直視できないほどに綺麗で、そして心に刺さるから。仮初の精神では、あまりにも耐えられない現実をそのままに伝えてくるから。


 カーテンを閉め切ったままの自室。器用にもそのまま窓を開け、空気の循環を促す。


 シフィはベットがあるはずの場所へと身体を落とす。少し前から匂いが気になってきたものの、洗濯をするタイミングを作ろうとはしない。


 また今度でいいや、一度でもそう思ってしまったら二度とやらない。それくらいには、面倒くさがりであるのだ。この先も匂いが強くなる一方だろう。


 虫の鳴く声が妙に気になる。


 会話も無い。生活の音も無い。だからこそ、なにかしらの音を求めてしまっているのかもしれない。


 一日が終わる。そして一日が始まる。


 永遠に続く繰り返し。無限ループ。エラーでも起きない限り、抜けることはできない。


 だが、エラーが入り込む余地などない。もしもあったのならば、世界など秒で崩壊しているはずだから。


 あまりにも正しく作られた世界。あまりにも間違いだらけの世界。


「ほんと嫌になる」


 シフィは逃げるように眠る。明日に希望なんて無いと分かってはいても、進まずにはいられない。


 それ以外の選択肢を掴むには、それを邪魔するものが多すぎるから。


 酔っぱらいの熱唱を子守歌にシフィは眠る。


「ほんと、嫌になる」

 

 

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