子作り許可証を手に入れたので、ずっと好きだった幼なじみに使ってみた
「はぁ?」
蔑んだ目で俺を見下す彼女の姿に、ものすごく興奮を覚えたのは言うまでもあるまい。
「散々小馬鹿にしてきた男にこれから処女を奪われるのはどんな気持ちかな?」
「待って、処女って誰の話?」
「え」
「1つ言っていい? あたし処女じゃないんだけど」
幼なじみが処女ではない?
。。。
もしもしママ!? 今すぐ死にたいんですけどおおお!!
穢れを知らぬ保育児時代。俺のほっぺにキスをして「結婚するならカズ君がいい」と言っていたあの幼なじみがもう処女でない!?
もしかして、そなた処女の定義をご存知ない!?
そうだよね、そうと言ってくれ……
てか、大学1年の今までずっと同じ学校に居たのに、いつの間にか男を作って?
あまつさえもう処女でない!?
こ、こ、こんるる~(無我の境地)
「なに。もしかしてあんたあたしのこと好きだったの?」
「わりぃかよ……好きだよ……好きだったよ」
「へぇ。素直じゃん」
彼女はそっぽを向いていて、もはや俺なんて微塵も興味がないようだ。
手の中に握りしめた子作り許可証が、悲しげに存在を主張している。
そもそも子作り許可証ってなんだよ。
今朝、俺宛に届いていた封筒の中にそれは入っていた。
誰が何のためにこれを送ったのかは分からない、送り元が書かれていなかったからだ。
「今……幸せなのか」
「どうだろうね」
「なんだよそれ……お前彼氏いるんだろ?」
「別に、あんたに話すことでもないでしょ」
なんだよそれ。
俺なんて眼中に無いって言いたいのかよ。
だったら、はっきりそう言ってくれよ。
はじめからそう言ってくれたら、俺もお前を好きになることはなかったのに。
「あんたはさ、言ったじゃん。私と手を繋ぐビジョンが浮かばないって」
「え」
「あんたはもう忘れちゃってるかもしれないけど、あたしはずっと覚えてるから」
「いつ」
「中一の夏休み。あんたを公園に呼び出して夏祭りに誘ったし、ほらやっぱ忘れてる」
夏祭り……
そういえば、いつからだっけ。
幼なじみと一緒に夏祭りに行かなくなったのは。
「夏祭り一緒に行かない?」
脳裏に過ぎったのは、照れくさそうに俺を誘う彼女の姿だった。
「女と夏祭りって、なんつーかこっ恥ずかしいんだよな。なんか見たいもんでもあんの?」
思春期真っ只中だった俺は、かなり素っ気ない態度で。
確かこんな感じだった気がする。
「色々まわって見たりさ、屋台でなんか食べたりさ、そういうのやってみたい……あと」
しばらくもじもじしていた彼女だったが、なにか意を決したように、紅潮した頬を上げて俺を見つめた。
「手とか……繋いでみたいじゃん」
その瞬間、脳内を過去の出来事がフィルムのように流れ出した。
いつだって、隣には幼なじみが居て、それがとても心地よかった。
おそらく、明確に、彼女への好意に気づいたのはこの時だったと思う。
けど、浴衣姿の幼なじみが目の前で手を差し伸べている姿を想像した時、俺は……
──彼女の手を握れなかった。
「わりぃ……なんか上手く言えないんだけど、お前と手を繋いでるビジョンが浮かばなかった」
「どういう、こと」
「ごめん。だから、夏祭りは行けない」
俺は、走ってその場から逃げ出した。
彼女がどんな顔をしているか見ることもないまま──彼女がどんな返事をするか聞くこともないまま。
俺には幼なじみを受け入れて、あいつの彼氏になる覚悟を決めることができなかった。
いざ現実を突きつけられた時に、俺には絶対的に自信が持てなかったのだ。
「そっから。あんたとあたしがギクシャクしだしたの。あたしも……それはショックだったけどさ、できるだけそのことに触れないように振舞ってたのに……あんたから距離を置くようになったじゃん」
「うん……そうだった」
「なんかずっと元気ないしさ……らしくないなって……こっちから話しかけないと話すこともなくなってさ……本当に……本当に……あんたのこと──」
幼なじみは声を震わせながら泣きだした。
「好きだったのに……」
中学を卒業して高校に進学するとき、俺たちはまた同じ学校に通うことになった。
俺はとくに成長することもないまま、幼なじみは中学の頃よりも増して綺麗になった。
そんな彼女を周りは放っておくはずもなく幼なじみという便利な立ち位置の俺は、告白の呼び出し代行を頼まれることも多かったのを覚えている。
その度に彼女から嫌な顔をされるのも。
「ぎくしゃくしちゃったのあたしのせいだし、キツく当たったのもずっと謝りたかった。けど、ずっとあたしも苦しかった」
「お前は……なにも悪くないだろ」
「だからさ……今日で終わりにしよう。元の……ただの幼なじみに戻ろうよ」
俺は、泣いている彼女を抱きしめることもできずにいた。
過去のどうしようもないツケを今になって払わされているからだ。
因果応報とは、まさにこの事だろう。
「ずっと……あんたのこと好きだった」
「俺も……ずっと好きだった……お前のことがずっと──」
またあの感覚だ。
脳内を走馬灯のように駆け巡る、記憶の流星群。
そして、浴衣姿のあの日の幼なじみが、俺の前で手を差し伸べている。
俺は、この手を握れるだろうか、この手を握る権利が果たして今の俺にあるのだろうか。
すると、手のひらに金色に光り輝く何かが握られていることに気づいた。
ゆっくりと手を開くと、そこには──子作り許可証が握られていた。
「カズ……くん」
「今度は握れた……やっとお前の手を握れた」
そのまま、彼女を抱き寄せる。
「最初からこうしてればよかった。自信がないとか嘆く前に、もっとやれることがあったんじゃないかと思う」
できない理由をバカみたいに探して、できる理由は早々に見つけることを放棄した。
本当、情けない男だと思う。
「お前と本当の恋人になりたい。これも、堂々と使えるようにな」
そうして、彼女に子作り許可証を見せた。
「それ……あたしが送ったやつ」
「え」
俺は驚いて彼女のほうを見ると、横髪をもじもじと弄り、恥ずかしそうに頬を染めている幼なじみの姿を発見した。
「つーか、処女じゃないとか嘘だし」
「え……え!?」
「だって、焚き付けないとあんた行動しないじゃん」
「うーん……確かに!!」
「確かにじゃねーし……バカ」
彼女は拗ねてそっぽを向いてしまった。
そんな彼女の姿が愛おしいと感じるのは、俺自身が素直になった証拠かもしれない。
「俺と付き合ってくれるか沙耶」
「……こういう時だけ名前呼びとか本当ずるい」
「ごめん、でも本気だから。返事聞かせてほしい」
「言わないとわからない?」
そう言って彼女は子作り許可証を俺から受け取って、恥ずかしそうに呟いた。
「心臓の音すごいんだけど……聞いてみない?」