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10. 連絡橋の浮上

 司令官から鍵の使用を命じられたのは、エトウたちが戦場に到着した翌日の夜だった。


「ちょっと待って、私にやらせて」


 コハクが張り切って先頭に出る。エトウに向けて右手を広げ、鍵を渡してと催促した。


 湖の東側にある猟師小屋のような建物と辺境伯は言ったが、その言葉どおりの小屋が湖のすぐ近くにあった。

 小屋の入口に、ちょびひげの司令官から派遣された監視役が三人ほど待っていた。エトウたちの方にも二人の監視がついてきている。

 ずいぶんと念の入ったことだとエトウは思った。


 エトウがコハクに鍵を渡そうとすると、監視役の騎士たちがにらんだ。そんな子供に大切な鍵をさわらせるなということだろう。

 エトウは騎士たちの視線など気にせず、鍵をコハクに手渡した。

 それを見ていた騎士がコハクを止めようとしたが、エトウの後ろから二人のB級冒険者の覇気が放出された。

 その気迫は、味方であるエトウの背中までちりちりと焼けるような感覚にするほど激しいものだった。


 コハクは動けなくなった騎士たちをするりとかわすと、さっさと小屋の中に入っていった。

 エトウたちもその後に続く。


「えーと、正面にある棚だっけ? うん、これだね! 建物と一体になっている棚はこれだけしかない。そしてこの棚の上部に鍵穴があると」


 コハクは謎解き遊びをするように、エトウから聞いた鍵の使用方法を一つずつ確認していった。


「あった! ここに鍵を差し込んで、いくわよ?」

「ああ、やってくれ」

「左に回しまーす」


 鍵がもうそれ以上いかないくらい左に回ると、湖の底からたくさんの魔物がうなっているような轟音が聞こえてきた。


 コハクとソラノは鍵をそのままに小屋の外に飛び出していった。

 エトウは小屋の窓から魔法の明かりに照らされた湖の方を眺める。

 すると、中央の湖面が見る間に盛り上がり、大量の水が滝のように流れ落ちていく。水しぶきによって起きた風が小屋にまで吹き付けてきた。

 湖からの轟音が止まったとき、そこには今までなかった連絡橋が架かっていた。


「すごい! すごい! エトウとお父さんも見てた?」

 コハクは興奮して小屋に走り込んできた。

「ああ、見てたよ」

 アモーは笑顔で言う。

「コハク、俺が鍵を押し込んでしまうぞ」

「だめ! 私がやるの!」

 コハクはエトウの脇を抜けて、棚の前に滑り込むようにもどってきた。


「鍵を奥に押し込んで――」

 コハクがそう言ったとき、鍵穴の奥で魔力が動いたのがエトウには分かった。

 先程はなにも感じなかったが、連絡橋を出すのと、出したまま固定するのでは仕組みが違うのかもしれない。

「――最後に鍵を抜く」

 鍵穴の中から感じた魔力の動きが止まった。これで砦までの連絡橋が湖上に固定されたはずだ。


「夜襲だ、夜襲だぞ!」


 突然、外から叫び声が聞こえてきた。

 身構えたエトウたちだったが、小屋に近づいてくる足音などはなかった。それに慌てて動いているのは、敵側の兵士のようである。


 どうやら連絡橋があらわれたのを合図に、味方の騎士団が夜襲を仕掛けたらしい。

 小屋の前でエトウたちを監視していた騎士たちの姿も消えていた。


「夜襲の計画があるなら、先に言っておいてほしかったな!」

「まぁ、いいじゃない。楽しかったから許します」


 エトウが騎士団への不満を言うと、連絡橋の出現を十分に楽しんだコハクは寛大な発言をしていた。


 エトウたちはそのまま自分たちのテントにもどる。

 ナルとニーは情報集めに出かけているのか、まだもどっていなかった。


 翌日、ナルから聞いたところでは、騎士団による夜襲は砦の固い城門に阻まれて失敗に終わったようだった。


☆☆☆


 エトウたちは戦場が見渡せる高台に登り、騎士団の城攻めを見物している。出かける前に冗談で言った「戦場見物」が現実になるとは思わなかった。


 司令官に嫌われたエトウは作戦会議にも呼ばれず、鍵を使った後はひたすら待機を命じられていたのだ。「王国の英雄」の効果もこの場では発揮されないようである。


 南の砦は、湖の入り口に第一の門があり、連絡橋への道を塞いでいる。その門を越えて連絡橋を渡っても、第二の門が砦への侵入をはばむのだ。


 現在、攻め手側は第一の門の攻略に手間取っている状況だった。


「ソラノ、第一の門だけど、魔法的な防御がかけられているよな」

「うん、間違いない。魔道具で補強しているのか、あの城門自体が魔道具なのか分からないけど、かなり強力な物理・魔法防御」

「騎士団の破城槌で破壊できると思うか?」


 エトウは第一の門付近で待機している騎士団の破城槌隊に視線を向けた。

 騎士たちが太い縄をくくりつけた丸太を持ち、その周囲には城壁からの魔法や矢を防ぐための盾部隊の姿もある。


「あれでは難しい。この辺りで伐採した木をそのまま使ってる。補強もしていない」

 ソラノは首を左右に振った。


 第一の門を攻めているのは陽動作戦で、別働隊が動いている可能性も考えてみたが、力攻めを繰り返しているようにしか見えなかった。

 これでは、いたずらに味方の被害を拡大させているだけである。


 第一の門を突破できたとしても、連絡橋をどのように渡るのかという新たな問題が出てくる。

 連絡橋には障害物となるようなものが一切見当たらない。

 そのため、第二の門の城壁にいる敵の魔道士や弓兵にしてみれば、いくらでも狙い撃ちにできる形となるのだ。


 攻め手側が連絡橋を渡るときには、第二の門へ遠距離攻撃をしながら、できるだけ味方の損耗を抑えることが必須になるだろう。


 しかし、敵はこの第二の門の城壁の上に、身動きを封じた人質を並べ、盾代わりに使おうとしている。

 今も木で作られた大きな板に、人質がくくりつけられているのが見えているのだ。

 この問題をなんとかしないかぎりは、たとえ第一の門を突破したとしても、第二の門を攻めるのが困難になる。


 エトウは騎士団の攻め方に疑問を感じていた。そこからは戦略や戦術の意図がまるで見えてこなかったのである。

 騎士団の兵力は敵の数倍という話なので、このまま力攻めを続けるのも一つのやり方なのかもしれないが、これでは味方の損耗が大きすぎる。

 そして、もっとも懸念されるのは、人質の被害を最小限にして救出する方法を、司令官は考えているのだろうかという点だった。


 エトウが辺境伯から頼まれたことは二つ。

 一つは鍵を使った連絡橋の操作。そして、もう一つは領内の民のために自分の正義を貫くことである。

 このまま膠着状態が続くのをただ眺めているよりは、自分の疑問点を司令官にぶつけてみようとエトウは思っていた。

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