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9. 勇者とは

 その日の夜、ナルが交渉して確保してくれた二つのテントの前で、ベールからここまで一緒に来た六人が集まって夕飯を食べていた。


 騎士団から支給された携帯食の他に、持参した食材でコハクが簡単な野菜スープを作った。

 アモーは昼間に捕らえた野鳥の肉を串に刺して焼いていた。香ばしいにおいが辺りにただよう。


「エトウ、なんで勇者はあんな態度なんだろうね」

 会話の合間にコハクが思い出したように言った。

「うん? なんでって、俺にはずっとああいう人だぞ」

「ラナの話を聞く前はさ、性格最悪で、エトウをひどい目にあわせたクズぐらいに思ってたの」

「ああ」

「でも、エトウの報酬を奪ってたのは別の人だったんでしょ。勇者はエトウを力不足だと思っていたみたいだけど、模擬戦でそれが間違いだったことも十分に分かったはずよね。それなのに、エトウにずっと嫌なこと言ってる」

「そうだな。今日は俺が聞かなかったけどな」

「うん。でも、勇者はパーティーのリーダーだったんでしょ? 責任とか感じないのかな」

「俺に対してってことか?」

「そう」

「どうなんだろうな。一度無能だと思い込んでしまうと、その意識を変えることは難しいんじゃないか。だって、ラナに対する態度は、俺のとは全然違うからな。最初は俺に対しても、女神様に選ばれた同志みたいな感じだった」


 エトウはロナウドと初めて会ったときのことを憶えている。こんなにきれいな男がいるのかと思ったものだ。

 一緒に頑張ろうなどと言われて、エトウは舞い上がってしまった。


「エトウはさ、勇者が謝っているところ、見たことある?」

「ロナウド様が謝っているところ? 本気で謝罪するって意味か? 見たことないな。あの人は侯爵家の第一子だからな。勇者に認定されたから家は継がないみたいだけど、子供の頃から人に謝ったことなんかないんじゃないか?」

「貴族様ってそんなものなのかなぁ」

「いや、そんなことはない。貴族もいろいろだ」

 それまで黙って話を聞いていたナルが言った。


 エトウはナルを見たが、どこまで突っ込んでいいのか分からなかった。

 おそらくナルは平民出身ではない。

 では、貴族なのかと問われれば、なぜ冒険者ギルドの調査員などしているのかという疑問が出てくる。

 いずれにしろ訳ありだろう。本人が話したいのでなければ、むやみに聞くことはないのだ。


「ナルさんは貴族様なの?」

 コハクはエトウのためらいなど気にした様子もなく単刀直入に訊いた。

「……今は、違う」

 ナルはたっぷり時間をかけてからそう答えた。

 ナルの隣に座っていたニーはふーと深いため息をつく。

「今代の勇者は、性格が多少ねじ曲がっているかもしれないわね」

 ニーは話の流れを元にもどすように勇者に対する見解を述べた。


「そもそも勇者とはなんだ? なんのために選ばれる?」

 ソラノがエトウに訊く。

「エルフの里では教わらないのか?」

「……ウチはその頃、弓と剣にしか興味がなかったから」

 ソラノがこれほどの腕前なのは、周りと異なる時間の使い方をしてきたのが理由のようだった。

「えーと、王城では世界の危機を救い、人々に安寧をもたらす存在と習ったけど、ちょっと漠然としてるな」

「それが唯一の真実よ」

「ニーさん、勇者について詳しいのですか?」

「ギルドで裏の仕事をしていると、情報は身を助ける武器なのよ。まして今は勇者の時代と呼ばれているの。これからなにが起きるのか、心の準備をしておくためにも、勇者についての知識は大切だと思うわ」


「勇者の時代ね」

「そう。勇者が認定されたのは、およそ二百年ぶり。勇者があらわれる時代には、大きな災いが起きることが多いの。そして、過去にその災いを退けたのは、聖剣を持つ勇者の力のみよ。剣聖、魔聖、聖女、それから賢者なんかも勇者パーティーの一員として認定されるけど、それらの者たちはあくまで勇者を補助する役割なのよ」

 ニーはエトウを見ながら話を続けた。

「ええ。ロナウド様が聖剣を握ったときの戦闘力は桁違いです。王城での模擬戦は、不意打ちで意識を失わせたようなものですから。しかし、二百年以上も前のことなのに、歴代勇者の正確な記録なんて残っているのですか?」


 ロナウドの戦闘力は認めつつも、勇者の存在を肯定するだけだった子供の頃とは違う。エトウは王城で聞かされた勇者の話を、どこまで信用していいのか分からなくなっていた。


「勇者の記録を残して、後世の者たちに伝えなさいというのが女神教の大元よ。教会の教義にもなっている『始まりの書』に記されているわ」

「女神様が地上にあらわれて、お言葉を直接くださったという伝承ですよね。それも伝説としか思えませんでした」

「伝説と史実が入り交じっていることは否定できないわ。ただ、女神教には、これまで勇者が世界の危機を救ってきた詳細な歴史が残されているそうよ。そこには勇者に倒された大魔獣や、災いをもたらす具体的な現象についても記されているから、民衆が勘違いして大騒ぎにならないように閲覧制限がかかっていると聞いたわ」


 それはエトウにとって初耳だった。

 史実が残っているならば、勇者のことはもちろんだが、過去の賢者についても知っておきたい。

 ニーが言うには、すべての記録は王都とエーベン辺境伯領にある女神教の大神殿に残されているそうだ。


「つまり勇者は世界の危機を救える唯一無二の存在。この時代に大きな災いが起きれば、ウチらはあの勇者に頼らなければならない。そういうことか?」

 ソラノは渋い顔をしながらニーに訊いた。

「ええ、そのとおりよ。そういった危機が訪れないまま、寿命を迎えた勇者もいたそうだけどね」

「もう少しまともな人間を選べなかったのか」

「ソラノさん、そんなことを外で言っては駄目よ。女神様に対する悪意と受け取られかねないわ」

「……ああ、分かった」


「私はみんなとは意見が違うのよ。今代の勇者は案外まともだと思ってるわ。だって、世界を救ってほしければ自分の命令を聞け、みたいなこと言ってないでしょ。絶大な力を振るって、他者を思いどおりにしようとしたこともない。実際にやってることといえば、魔獣狩りと、たまに町で息抜きをするくらいよね」

「そんな問題児だったら、危なくて王城の外になんか出せないでしょ? でも、勇者本人にその気がなくても、周囲にいる者たちが害悪になることもありますからね」

 エトウは、勇者の威を借りて、身の丈以上の発言をする者たちの醜悪さを思い出していた。


「エトウさんは苦労したのでしょうけど、勇者の力とその稀少性からすれば、かなりの無茶は押し通せるはずよ。過去の勇者たちの偉業を見ていくと、今代の勇者はこれからどんどん強くなっていくはずだわ。たとえ勇者がその力を暴走させても、ある程度の被害で収まっているうちは容認するしかないと思うの」


「世界の危機に対処するためにですか……。その理屈は分かりますけど、直接の被害を受けた俺としては素直にうなずけませんね」

「そうでしょうね。でも、エトウさんは過去を克服してるように見えるわよ?」

「どうでしょうか。先程は思いきり無視してしまいましたけど」

「あれくらいは、いいんじゃない? 勇者も、不思議とエトウさんには他とは違う反応を見せるのよね」

「勘弁してほしいです」

「私には、あなたたちの運命の糸が絡まり合っているように見えるけど?」


 ニーの言葉を聞いて、エトウは体の力が抜けてしまった。そんな糸くずからはすぐにでも抜け出したいと思ったのだ。

 結局のところ、自分の冒険を続けていくしかないのだろう。

 このパーティーで冒険を進めていって、今回のように勇者パーティーと出くわしたなら、その都度対応していけばいい。

 必要以上に難しく考える必要はないのだ。


「それにしても、ニーさん。あなたおしゃべりだったんですね」

「……」


 ニーはそれまで外していた橙色の布で口を覆い、じとっとした目をエトウに向けた。

 ナルはちらりとニーの顔を見て頬をゆるめる。

 焚き火の明かりではっきりとは分からなかったが、ニーの顔は赤くなっているようだった。

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