8. 戦場へ
パーティーメンバーが待つ部屋にもどったエトウは、辺境伯に連絡橋を浮上させる鍵を託されたことを伝えた。
「なにそれ、秘密の鍵じゃない! その鍵を使うと湖の底に沈んだ連絡橋が上がってくるなんて、物語の世界よ!」
話を聞いたコハクは興奮した様子だった。
「戦場には、まだ成人していないコハクに見せたくないものもあると思う。本当であれば、コハクはここで待っていてほしいんだが」
エトウは言った。
「嫌よ。嫌。私はみんなと行くわよ」
コハクの瞳はなにがなんでもついていくと語っていた。
エトウは話をする順番を間違えたと後悔した。連絡橋の鍵を見て興奮しているコハクを説得するのは難しそうだった。
どうしたものかとコハクの父親であるアモーを見た。
「コハクは大丈夫だ。もしもコハクに悪いものがあれば、俺が遠ざける」
アモーは言った。
「ウチもコハクを守る」
そう言ったソラノは、右手を胸に当てて宣誓をするような姿勢をとった。
魔物と戦うのに慣れている冒険者の中にも、人と殺し合うのを避ける者は少なくない。
だが、護衛依頼中に盗賊が襲ってくれば、こちらが避けていても人と戦うことになる。
そのためにコハクもいずれは慣れていく必要があるのだが、いきなり戦場というのは厳しいだろうとエトウは思った。
エトウが考え込んでいるとアモーが立ち上がった。
「エトウ、俺たちは戦場の激戦地に送り込まれる訳ではないだろう? 鍵を使って連絡橋を使えるようにし、その後できるかぎり攻城戦の手伝いをするぐらいじゃないか?」
「ああ、そうだな」
「それなら大丈夫だ。だいたいなぜ父親の俺よりも、エトウの方がコハクに過保護になっているんだ」
「ははは、本当にそうだな。分かった。それじゃ、四人で戦場見物といくか」
エトウがみんなを見渡すと三人ともうなずいた。
「いや、六人だ」
そこにどこからか声が聞こえてきた。
エトウはぎょっとして一瞬固まってしまう。
エトウが持っていた鍵をもっとよく見ようと手を伸ばしたコハクは、その姿勢のままで身動きがとれなくなった。
エトウが臨戦態勢に移らなかったのは、その声に聞き覚えがあったからだ。
「ナルさん、のぞき見は趣味が悪いですよ」
すると、ベランダに続く窓のカーテン裏から、ナルとニーが音もなくあらわれた。
ソラノも気配を察知することができなかったようで驚いている。
ナルは懐に入れていた右手を無造作に引き抜いた。
今のナルの動きを見ると、懐になんらかの魔道具を隠している可能性が高い。そしてその魔道具は、使用者の気配や物音を消すことができるものであるはずだ。
そうでなければ、ソラノにも気づかれずに部屋の中に潜伏していることなどできなかっただろう。
「俺たちも同行する。よろしく頼む」
「よろしく」
ナルとニーがエトウたちに頭を下げた。
「一緒に行動するのはいいですけど、勝手に部屋に入ってくるのはなしでお願いします」
エトウはナルとニーにそう言ったが、二人ともうなずいてはくれなかった。
翌日、エトウはアンドレア部隊長に面会を求め、辺境伯から預かった鍵について説明した。
そして、自分が託されたものだから、戦場に行って攻城戦に協力したいと告げた。
部隊長は現場の司令官宛の紹介状を書いてくれて、事態の解決に力を貸してほしいとエトウたちに頭を下げた。
その日のうちにエトウ、コハク、ソラノ、アモー、ナル、ニーの六人は、馬に騎乗して南の砦に向かった。
目的地に着いたのは次の日の昼過ぎである。
騎士団の野営地でアンドレア部隊長の紹介状を見せると、すぐに司令官のテントまで案内された。
司令官は頭がきれいに禿げあがったちょびひげの男だった。身長はコハクよりも少し高いくらいで、話をしながらでも体がよく動く。
その動きがとてもひょうきんで、彼には喜劇役者の才能があるのではとエトウは対面している間ずっと思っていた。
そんなことでも考えていなければ、黙って話を聞いているのが面倒になるような人物だったのだ。
「ほぉ、連絡橋を上げる鍵だというのか! それならばこちらで預かろう」
司令官はエトウの持つ鍵を取り上げようとした。拳を握りながら、顔を赤くして興奮している。
「申し訳ありません。この鍵は辺境伯様より私が直接託されたものです。使い終わった後は必ず返すように言明されておりまして、鍵をお渡しすることはできないのです。ですが、司令官殿の指示があれば、私の方で鍵を起動させて頂きます」
エトウの返答に司令官はぴたりと動きを止めたが、すぐに足のつま先が動き始め、右手でひげをしごくようにした。
「渡せないと申すか。なんとも面倒なことだな」
司令官は吐き捨てるように言った。
エトウは辺境伯から鍵を返せなどと言われていなかったが、この司令官に鍵を渡すともどってこないような気がして咄嗟に嘘をついた。
鍵は自分の責任できちんと辺境伯に返却したかったのだ。
司令官は自分が不機嫌な態度を見せても無反応なエトウに呆れているようだった。そして、ますます不機嫌になっていった。
最後には、なにを言っても無駄だと諦めた様子だった。
「鍵を使うタイミングは後で知らせる。それまで待機しているように」
司令官はそう言って一方的に話を打ち切った。
エトウたちが退出しようとしていると、武官がテントの中に入ってきて「勇者様がお見えです」と司令官に告げた。
そして、ほとんど間を置かずに勇者パーティーが姿を見せる。
「なぜお前がここに――」
勇者ロナウドはエトウの姿を見ると、驚いた様子でなにか言おうとした。
エトウはその話を途中でさえぎる。どうせろくな話ではないだろうと考えたためだ。
「どうもお久しぶりです。この度、王国騎士団の依頼で辺境伯領まで来る用事がありまして、それがリーゼンボルト領主代理の行っていた犯罪に関わることだったのですよ。それで新たにステインボルト辺境伯様の依頼を受けてここにやって参りました」
「お前がリーゼン――」
「勇者様の邪魔をするつもりは毛頭ございません。どうか参戦することをお許しください」
「お前の力など――」
「重ねて申しあげますが、私どもはステインボルト辺境伯様の依頼を受けてこの場所に来ています。そのことをご留意頂けると幸いです」
勇者の声にかぶせるようにエトウは自分の立場を伝えた。
二の句が告げなくなった勇者を置いてきぼりにして、エトウたちはテントを出てくる。
ラナとは目線だけであいさつを交わしておいた。
「ふー、疲れた」
エトウはため息をつく。
「ふふ、エトウの方が悪者みたいだった」
コハクは笑いながらそう言った。




