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2. 不安

 王都から辺境伯領までの旅は、ちょうど折り返し地点に差しかかっていた。

 

 街道の北側に切り立った山々が見えてくる。

 この辺りは北部の山々から取れる鉄鉱石やミスリルを用いて、武具や防具、装飾品などの生産が盛んだった。

 領都のソルトガルには金属加工に長けた腕のいい職人たちが店を構え、その周辺からは日がな一日、金属を打つ音が止むことがないという。


 日が暮れる前にソルトガルに着いたエトウたちは、先行した騎士が確保した宿に入った。

 夕食をとった後、アモーとの二人部屋でくつろいでいたエトウのところに、コハクとソラノが訪ねてきた。被害者のことで相談したいことがあるようだ。


「誘拐されて、無理やり奴隷にもされて、救出後は故郷から遠い王都だったでしょ。だから、最初は自分たちの家に帰るのを喜んでいたの。でも、段々と辺境伯領が近づいてくると、女性たちの雰囲気が暗くなってきたみたい」

 コハクは特に女性被害者のことを心配している様子だった。


「このまま帰っても、家族や親しい人に自分が受け入れてもらえるか分からない。彼女たちは不安になっている」

 ソラノも自らが感じた被害者たちの心境について説明する。


「これは私たちが解決できる問題じゃないのは分かるんだけど。少しでも気分転換できることがあるといいなと思って。このままだと体調をくずす人も出てくると思う」

 コハクがそう言うと、ソラノも深くうなずいた。


 今回、一緒に旅をしている十八人のうち十五人が若い女性だった。

 若い女性の奴隷は富裕な家庭の下働きから、娼館で身を売る娼婦まで買い手の要望に合わせた売り方ができる。


 本来であれば借金額や犯罪の有無などで厳しく制限される奴隷契約だが、領主代理や上級裁判官が奴隷商人と結託していたため、自由に情報を書き換えることができたのだ。

 奴隷商人にとっては、売りさばくのに困らない商品だっただろう。


 売られた先で奴隷が無実を訴えても、その奴隷を購入した主人がわざわざ調査をして真偽を確かめる可能性は低い。

 それに奴隷契約に関する裁判所の書類は、辺境伯領で発行された正式のものだ。たとえ調査が行われても、奴隷が嘘をついていたという結論になっただろう。


 被害者の女性たちは売られる前に救出されたことで、最悪の状況に陥ることはなかった。

 しかし、彼女たちが家にもどり家族や親しい人に事情を説明しても、それを受け入れてもらえるとはかぎらない。

 奴隷に落とされていたと聞いて、離れていく人もいるかもしれない。近所でそのことが噂になれば、家族にも迷惑がかかるかもしれない。

 先々のことを考えると、被害者たちが不安になるのも十分に理解できた。


 エトウは女性たちの不安を取り除くための方法を四人で話し合うと、一人で騎士の泊まる部屋に行き、犯罪被害にあった女性の受け入れ態勢について話を聞いた。

 騎士たちによれば、通常はそのまま家に帰すだけで特別な対応はしていないという。

 騎士団は国を守り、犯罪を取り締まるのが仕事であって、被害者支援にまでなかなか手が回らないのが現状のようだった。


 エトウは、被害者家族への説明をどうするのか、領主代理が事件に関わっていると判明した場合には、被害者に対してどのような賠償がされるのかなども尋ねた。

 そして、できるだけ早く騎士団でも対応を検討してほしいと伝えた。


 エトウが部屋にもどるとコハクとソラノがまだ残っていた。


「騎士団だけでは、被害者の今後のことに対応できないと思う。一応提案はしてきたけど、それが騎士団の仕事かと問われれば、違うよなと俺でも思うし」

 エトウは騎士たちの部屋で感じたことを話した。

「じゃあ、どうするの?」

 コハクが真剣な顔で訊く。

「被害者の事情をよく分かった上で、騎士団にも顔が利く人間が、被害者支援の仕組みを作るしかないと思う」

「それ、私たちじゃん!」

「うん。しばらく辺境伯領に滞在することになるかもしれないな」


 誘拐被害者の女性たちは、救出作戦に参加したエトウたちを信用してくれている。そんな自分たちにしかできないことがありそうだった。

 

 縁があって出会った被害者たちが、以前のような生活を送るための手助けができるならば、しばらくの間、辺境伯領を拠点に活動するのもいいだろう。

 冒険者はギルドと依頼人がそろっているなら、どこででも仕事ができるのが強みなのだ。


 それにソラノを犯罪奴隷から解放するという大きな目的もある。事件関係者が集まっている辺境伯領に留まることで突破口が開けるかもしれない。


「彼女たちを支援する仕組みをどう作るつもり?」

 ソラノが尋ねた。

「うん。そこは『王国の英雄』の肩書きを使わせてもらうよ。被害者の保護と支援が必要なことを関係各所に話して、最終的には行政に補助してもらえるような仕組みを作りたい。そこまでは無理だったとしても、誘拐被害者への賠償金は辺境伯からしっかりと取り立てないとな」

「それができればいいんだけど……」

 コハクが心配そうな顔で言う。

「辺境伯を動かすのは難しいだろうけど、今の俺たちにできないならば、誰にもできないんじゃないか? 俺はやってみたいと思ってる。冒険者の仕事は甘いものではないけど、それでも困っている人の役に立てるから、自分はこの仕事を選んだんだ。彼女たちには支える人が必要だよ」

「私もそう思う」

 コハクはそう言うとアモーとソラノを見た。二人も強くうなずいて同意を示す。


 エトウも誘拐被害者の支援に対して明確な将来像を持っている訳ではなかった。

 だから、小さなことでもいいので、自分たちのできることから始めるつもりである。


「よし! とにかくその方向で俺たちは進んでいこう。それでこれから旅を続けていくにあたって、気分転換できることはないか?」


 それから四人はあーでもない、こーでもないと、夜遅くまで意見を出し合ったのだった。

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