13. 奴隷商人カブス
奴隷商人カブスはエールがなみなみと注がれたジョッキを口に運び、半分ほどを一気に飲み干した。
はぁーと思わず声がもれる。
約二ヶ月をかけて辺境伯領から王都までの道のりを進んできた。
今夜の宿泊地であるメントを過ぎれば王都は目と鼻の先である。明日の午前中には王都の大門にたどり着くはずだった。
ところが、この町で落ち合うはずだった部下たちが見当たらない。
自分を待たせるとは、一体あいつらはなにを考えているのだ。私に時間を浪費させてみろ。お前らを奴隷に落としてやる。
カブスはイライラした気持ちのまま、ホーンラビット肉の油揚げにかじりつき、残ったエールを喉に流し込んだ。
「カブス殿ではありませんか?」
後ろから声を掛けられたのはそのときだった。カブスが振り向くと、顔見知りの奴隷商人がこちらを見つめている。
「これはタマラ殿。どうもお久しぶりです」
カブスは慌てて立ち上がると右手を差し出した。タマラはその手をしっかりと握る。
「やはりカブス殿でしたか。いや、お久しぶりですね。こんな場所でお会いするとは思いませんでした」
そう言ったタマラはにこやかに微笑んだ。
カブスにしてみれば、タマラは嫉妬を覚えるほど成功している奴隷商人であった。
王都の一等地に貴族の邸宅かと思われるような商館を構え、顧客の多くは高位貴族や成功した商人、高い地位に就いている文官や武官などだ。
カブスが商売相手にしている地方貴族などでは、タマラへの紹介状を得ることすら難しいだろう。
カブスはタマラと取引をしたことなど一度もない。
数年前、王都で同業者の懇談会があった際に、知り合いの商人に紹介してもらってあいさつを交わしたのが最初の出会いだった。
その後、同様の集まりで何度か見かけるようになり、その度に短い言葉を交わしていた。
「チュール殿から聞いていますよ。今度、共同事業を立ち上げることになるとか」
カブスは自分のつかんでいる情報をタマラに披露した。
「さすがにカブス殿は耳が早いですね。これまでとは毛色が違う商品を扱おうかと思いまして」
「なるほど。それならば、私も相談に乗れるかと思いますが」
「カブス殿はチュール殿と提携されていますよね。そのお仲間に私も加えて頂きたいです」
「それはこちらからお願いすることですよ。さぁ、さぁ、お酒と料理を注文しましょう」
カブスは上機嫌で店員を呼びつけた。
部下があらわれずにイライラしていた気持ちなど吹き飛んでしまった。
タマラと合同で事業が行えれば、その利益の大きさに加えて、王都での信用や人脈も手に入れることができる。
王都から遠く離れたエーベン辺境伯領を拠点にしているカブスにとって、それは千載一遇の機会だった。
カブスの勧めでタマラも席に着く。
タマラは具体的な話はなにもしなかったが、どうやら正規のルートでは手に入りにくい商品を、信用できる顧客にだけ紹介していくといった商売を考えているようだ。
タマラが選りすぐった顧客を相手にできるなら、どれだけの利益が見込めるのかカブスには想像もつかない。
「いやいや、いいお話が聞けました。タマラ殿とここでお会いできたのは、私にとってなによりの幸運でしたね。新しい商売の話、是非私も加えて頂ければと思います」
「やはりカブス殿は勘が鋭い。話をしていて、すぐに分かって頂けるのは、きっと波長も合うのだと思います。新規事業を開拓していくには、方針が一致していることが重要ですからね」
「私もそう感じておりました! いやぁ、楽しい夜だ。タマラ殿とこんなにも分かりあえるとは、うれしいかぎりです」
「こちらこそ楽しいお話ができました。それにカブス殿には、いつかお返しをしなければと思っていたのですよ」
「お返しですと? 私はタマラ殿からお返しをして頂けるような覚えがないのですが」
カブスは戸惑った顔を見せた。前にタマラと会ったときのことを思い出してみても、思い当たることがなかったのだ。
「直接的なものではないのですが、ほら、覚えてますか? カブス殿がチュール殿に売った商品ですよ」
タマラは弓で矢を放つ格好をする。
「チュール殿に……もしかして、エルフの犯罪奴隷ですか?」
カブスは声を落として訊いた。
周囲に不特定多数の人間がいる場合、奴隷を取り扱っていることを公言しないのが奴隷商人の常識だった。
あくまで用心のための慣習で、義務や取り決めといった堅苦しいものではない。
「ええ、ええ、そうです。その商品ですが、巡り巡って私の元に届いたのですよ。そして私どもはある方の紹介で、その商品を新進気鋭の冒険者の方に買って頂いたのです。その冒険者の方、カブス殿は誰だと思います?」
タマラは満面の笑みをカブスに向ける。
「冒険者ですか。有名な方なんですよね? そのエルフがきっかけとなって、冒険者とタマラ殿の間につながりができたということでしょうね。うーん、誰でしょうか? 私には皆目見当つきません」
カブスは両手を広げて降参のポーズをとった。
「実はですね。そのお方こそ、スタンピードから王都を守った立役者、英雄エトウ様なんですよ」
カブスもその冒険者の噂は聞いたことがある。
風のように王都にやって来て、単独でワイバーンを討伐するほどの力を持ち、スタンピードでは奴隷のパーティーメンバーを引き連れて大きな功績を上げたという。
その奴隷の一人があの女だというのか、カブスの目は段々と険しくなっていった。
「カブス殿、カブス殿、どうされましたか?」
タマラが心配そうに尋ねてきた。
カブスは少しの間、タマラの存在を忘れていたことに気づき、慌ててなんでもないことを伝えた。
タマラと別れた後もカブスは店に残り、険しい顔でジョッキを空けていった。
頭の中には一人の女エルフの顔が浮かんでいた。




