6. 餅は餅屋
「クチナシ、なに見てやがる! また殴られてぇのか!」
デントが叫び声をあげる。
「デントさん、彼はタマラさんの連れてきた新人ではありませんか?」
きっちりとしたスーツに身を包んだ壮年の男性が顔を向けた。
「はい。仕事の覚えは早いそうですが、どうにもあの目が気に食わねぇもんで」
「目ですか? 私はそんなに気になりませんけどね」
そのスーツ姿の男はエトウの目をのぞき込んだ。
この男こそ、奴隷商館の主であるチュールである。部屋の内外を問わず、常に服装に気を配っているおしゃれな男だ。
「どうですか、仕事には慣れましたか?」
チュールはエトウに尋ねた。
声が出せないことになっているエトウは、何度も首を縦に振って返事の代わりにする。
「タマラさんと共同事業を始めるときに、こちらの商売のやり方を知っているあなたは重宝されるでしょう。今、一生懸命がんばれば、将来の出世も夢ではありませんよ」
「チュール様、こんなガキに情けをかけることはありませんぜ」
デントが苦々しい顔でエトウをにらんだ。
「夢を見るのは若者の特権ですよ? デントさんにも、そんなときがあったんじゃありませんか?」
「ええ、まぁ……」
チュールはがんばりなさいとエトウに告げて、その場を去っていった。どうにも底が見えない男だと思っていると、デントに尻を蹴りつけられる。
「勘違いするなよ! てめぇなんざ、調子に乗った途端に大失敗をやらかすに決まってんだ!」
デントは吐き捨てるように言うとその場を離れていく。
このデントという男。元C級冒険者らしい。
一般人と喧嘩沙汰を起こして冒険者をクビになったそうだが、今ではチュールの側近として手下の管理をまかされている。
エトウは当初からデントに嫌われていた。もしもエトウの行動に不審な点を感じているなら、なかなか勘の鋭い男なのかもしれない。
エトウがチュール奴隷商館に住み込みで働き始めてから一週間がたつ。主な仕事は倉庫にいる奴隷の管理だった。
奴隷は顧客や売れ筋などにより、店舗と倉庫を行ったり来たりする。エトウは上司の指示に従ってその搬入と搬出を手伝い、奴隷の食事作りも交代でまかされていた。
夜間、エトウは本来の目的である情報収集を始める。
エトウが寝起きしているのは、倉庫に作られた奉公人用の宿泊部屋だった。
同じ部屋の同僚には、念のためダークをかけてから、小瓶に入れた睡眠薬をかがせる。
もし彼が眠れずに目を閉じているだけだったとしても、急に視界が暗くなり、朝になって目が覚めるのだ。いつの間にか眠ってしまったと思うだろう。
エトウは夜勤当番をしている者たちも、同様の方法を用いて無力化していった。
サイレントをかければ物音も防げる。
そもそも外からの侵入者に注意を払っている当番の者たちは、建物の内部から音もなく近づいてくるエトウに対してまったくの無防備だった。
エトウは夜間の倉庫内を自由に動いて情報収集に励んだのである。
☆☆☆
「これならば、それほどの日数をかけずに、必要な情報を得られると思ったんですけどねぇ。今回も収穫なしです」
エトウはうなだれた。
「了解しました」
ギルドの調査員はうなずく。
それはあらかじめ連絡係として紹介されていた若い男だった。
エトウが買い出しなどで外に出たとき、どこからともなくあらわれて、周囲の目がない路地で情報の交換を行っている。
倉庫の事務室には目ぼしい情報がなかった。
現在、チュール商館が保有している奴隷情報の一部を見ることはできたが、カブスたちが拠点としているエーベン辺境伯領から連れてこられた者はいなかった。
倉庫内には隠し部屋なども見当たらない。
夜間に倉庫中を歩き回っても、収穫がない日が続いていた。
その調査員からはコハクたちの様子も聞いている。
奴隷から解放されたコハクを中心に、ギルドから仕事をもらってけっこう稼いでいるようだ。
パーティーリーダーである自分が抜けても仕事に支障が出ないのは、彼らに十分な力があるという証明になる。
だが、不甲斐ない自分の仕事ぶりに、ますます自信をなくしてしまいそうだった。
「こちらで分かったことをお伝えしておきます。王都を西へ向かい、南の森へ入ったところに古城があります。半年前、チュールはその古城をある資産家から購入しました。間に何人も仲介者を置いて、古城の持ち主を意図的に分かりにくくしている形跡があります。そして、先日、チュール奴隷商館が所有している馬車が、古城に入っていくのを確認しました」
「その古城が、彼らのアジトなんでしょうか?」
「まだ分かりません。しかし、運び込まれた食料などを見ると、相当数の人間がその古城にいる可能性があります。おそらくは表に出せない奴隷が囚われているのではないかと我々は考えています」
「すごい! そんなことまで突き止めているのですね。それに比べて俺は……」
「エトウさんの情報は使わせてもらっています。人員の数や戦闘力などもそうですが、倉庫内に情報がなさそうだというのも、私どもにとっては貴重な情報になるのです」
「はぁ、そう言って頂けると、幾分救われた気持ちになります」
「それでは引き続きお願いします」
「はい。情報ありがとうございます」
「ああ、そうでした。ギルドマスターからの伝言です。『くれぐれも、やりすぎないように』とのことです」
「……分かりました」
調査員に慰めてもらったエトウだったが、やはり餅は餅屋だと認めざるを得なかった。
少しだけ強引な手に打って出ようかという考えも、サイドレイクに読まれている。どうにも抜け出す道がないように思い始めたエトウであった。




