4. 魔道士の小言
今日もエトウは魔聖ミレイから、戦闘中に魔力回復のマナポーションを手渡すのが遅かったと責められていた。
これまでエトウを庇ってくれていたラナは、宿の馬小屋での会話以来、距離を置いて話に加わらないようになっている。
受け渡しのタイミングにそれほど文句があるならば、自分でポーションを数本携帯しながら必要に応じて飲めばいい。
だが、貴族出身で幼い頃から魔法の才能に恵まれた彼女は、役立たずのエトウを召し使いのように扱うことになんのためらいもないようだ。
「エトウさん。ポーションを渡すタイミングぐらい、いい加減覚えてもらえないかしら。得意の補助魔法すら役に立たないエトウさんには、それぐらいしかやることがないでしょうに。なぜ何度言っても分からないのかしら。ねぇ、エトウさん、聞いているのですか?」
腰まで伸びたブルネットの髪を揺らしながら、眉間にしわを寄せたミレイはエトウに鋭い視線を向けていた。
補助魔法さえ禁じられていなければ、自分の力を発揮することができるのにとエトウは思っていた。
だが、一度役に立たないという烙印を押されてしまうと、なかなかそれをくつがえすのは難しい。
実力を見せる機会さえ与えられない今の状況では、汚名を返上することもできなかった。
「はぁ、なぜあなたのような方が勇者様のパーティーにいるのでしょうね? 本当に賢者として認定されたのかしら。なにかの間違いではなくって? あなたのせいで私たちの実力まで疑われかねません」
そう言ったミレイは反論を待つようにエトウを見つめた。
しかし、エトウは「申し訳ありません」という言葉しか返すことができない。
深いため息をついたミレイは、頭を振って心底あきれたような様子だった。
「すぐにでもパーティーを辞めていただけないかしら。あなたにとっては勇者パーティーの名声や報酬は魅力なのでしょうが、無能のあなたがメンバーにいることは迷惑でしかありませんわ。ねぇ、エトウさん、私の言っていること、理解してもらえますか?」
ミレイの小言は長々と続くのが日常となっている。
エトウは、時折「ええ、十分に分かっていますよ」、「ええ、申し訳ありません」などと答えながら半ば聞き流すようにしていた。
いつもならばミレイが小言に飽きるまで我慢していればよいのだが、今日はもう一人話に参加してくる者がいた。
「エトウくん、君には勇者パーティーの一員としての自覚があるのですか? もしその自覚がないようならば、ミレイさんの言うように、このパーティーを抜けてもらいたいのですが」
勇者ロナウドは、濃い青色の瞳で射貫くようにエトウを見つめていた。
「勇者様、魔道士からの合図もなしに、マナポーションを渡すタイミングを正確に把握するのは困難です。通常、魔道士は自分でポーション類を保持しているものですし、ポーションを手渡ししてほしい場合には、そのための合図を事前に決めておきます」
「なんですって? それでは私に責任があるとおっしゃりたいのですか。パーティーの役立たずが、言うに事欠いて責任を人に押しつけるなど、恥を知りなさい!」
ミレイはエトウをにらみつけた。
「ミレイさんの言うとおりですよ。エトウくん、君にできることは限られているのですから、せめてそれくらいは完璧にしてもらわないと困ります。たかがポーションを手渡すぐらいのことが、なぜ君にはできないのですか?」
パーティーリーダーのはずのロナウドは、ミレイをいさめようとはしなかった。むしろ追い打ちをかけるように言葉を重ねたのである。
補助魔法を禁じられてから一年、エトウの扱いはパーティーメンバーへの反論がまったく許されないほどに悪化していた。