51. 巨人
大神殿を包囲している王国軍の責任者は、いつもは領都ベールの王国騎士団駐屯地に赴任しているゴロー・ウィンストン少将だった。今回の戦争において王国軍全体を任されているアンドレア司令官の盟友でもある。
「なんだ、あの化け物は……」
ゴローはその光景に茫然としていた。
突如、地震が起きたと思ったら、地割れから魔力が噴き出してきて、今度は巨人が出現したのだ。矢継ぎ早の展開に頭がついていかなかった。大神殿を監視する仕事は退屈極まりないものだったが、だからといってこんな急展開を期待していたわけではない。
巨人は大神殿の高さとほぼ同じくらいである。十メートルはゆうに超えているだろう。これまで見たどの生物よりも大きかった。
ゴローは頭を振って気持ちを切り替えると、自分と同じように巨人を見上げている部下たちを叱りつけた。
「ぼさっとするな! 各部隊長には、それぞれの判断で被害を最小限に抑えるように伝えよ! 我らも一旦下がって陣形を変えるぞ!」
ゴローの一喝で部下たちは正気にもどった。
「は、はいっ! すぐに伝令をつかわします!」
丘の上に建てられた大神殿を包囲するのに、ゴローは一個中隊を三つに分けた。ゴローがいるのは大神殿の正面、丘の中腹の辺りである。巨人は大神殿の隣に立ち、こちらを見下ろしていた。
――あんな巨人が存在するのか……。こちらを攻撃してきたら、どうやって対抗すればいい……。
地下からの魔力の噴出は止まっていた。今ならば部隊を動かすことができる。ただ、未知の敵と戦うための方法が思いつかなかった。
退却の二文字がゴローの頭をよぎる。聖騎士や聖女のことよりも、こちらが全滅するかどうかの瀬戸際だと感じていた。だが、大神殿に閉じ込められている人質を見捨てるわけにはいかなかった。
「ゴロー少将、一体なにが起きているのです?」
ゴローが頭を悩ませていると、魔聖ミレイと剣聖ラナがやって来た。随行員の騎士や魔道士も連れている。魔王を追ってきた彼らは、その姿を発見することができずに大神殿までたどり着いていた。そこで後から追いついてくるはずの勇者ロナウドを王国軍の陣地で待っていたのだ。
「ミレイ様、それが私にもなにが起きているのか……。あの巨人が突然あらわれたのです」
ミレイは丘の上にいる巨人をじっと見つめた。
「やはり間違いありません。ゴロー少将、あの巨人からアービド二世の魔力を感じます。おそらくあれは魔王です」
「なっ!? それは確かですか?」
ミレイはしっかりとうなずいた。
「あの黒い魔力を見間違えるはずがありません。しかし、どうしてあのような巨人に……。それにあの青龍はどこから来たのです?」
ミレイの指差した南の空には確かに龍が見えた。
「なっ!? 巨人に加えて龍まで……。いや、あれは……」
ゴローは目を凝らして龍を見つめた。
「あれは龍神セイ様では……?」
南の空からあらわれた龍は、巨人に向かって魔法攻撃を始めた。水魔法の大槍が瞬く間にできあがり、ものすごい速度で飛んでいく。巨人はうっとおしそうにそれらを両腕でガードした。
その光景を目の当たりにしたゴローは、龍がこちらの味方ではないかという思いを強くした。
「龍神セイ? それはダンジョンを管理しているという龍神ですか?」
「ええ」
ミレイの問いにうなずいたゴローは、セイについて簡単に説明する。その間にも、魔王と龍の戦いは激しさを増していた。それに合わせるように、丘全体に展開していた王国軍は後退していく。
「では、あの龍はこちらの味方と考えていいのですね?」
「確証はありませんが、おそらくは」
「そうですか。しかし、あまり長く持ちそうにありませんね」
戦いは魔王が優勢だった。
龍も長い尾や魔法で攻撃を繰り出しているが、魔王はそんなことお構いなしに殴りつけている。そのたびに龍は吹き飛ばされ、体に傷をつくっていた。一方の魔王はダメージを受けているように見えない。
「ラナ、我らも行きますよ!」
「はい、ミレイ様!」
駆け出した二人は飛行魔法の詠唱を唱えると、そのまま空へと飛び立った。
「あっ、お待ちください!」
勇者一行のまとめ役であるティーダが止める間もなく、ミレイとラナは化け物たちの戦いの場へと向かっていた。




