35. マーレーの気まぐれ
奇術師マーレーは領都ベールへもどっていた。その肩にはいつものように小さなゴーレムが乗っているが、途中まで旅の道連れだった気狂いピエロのカンナバーロはいない。お気に入りの勇者ロナウドのもとへ向かったからである。
ロナウドは魔王との戦いで大怪我を負い、ベール城内で手当てを受けていた。ポーションを飲んだからといって、失われた血肉がすぐに回復するわけではない。今回のように怪我がひどいと、数日間は様子を見ないといけないだろう。
マーレーは城の警備体制など気にした様子もなく、目当ての場所にたどり着いた。
「なんとも憐れな姿ですねぇ……」
そこは寒風吹きすさぶベール城の屋上、あちこちに戦いの生々しい傷跡が残っている。そしてメイナードの亡骸もなんとか原型をとどめていた。とはいっても、人らしい形をした土塊があるだけだ。
アービド二世に魔力タンクとして使われ、腐れ神を滅するという宿願を叶えることもできずに、メイナードはここで命を落とした。
「結局、腐れ神の体は、今代の魔王に取り込まれてしまいましたか。あなたは一体なにをしたかったのでしょうね。下手をすれば、腐れ神がよみがえってしまいますよ?」
マーレーはメイナードの亡骸をゴーレムにしようかと思ったが、そんなことをしても意味がないとやめておいた。ゴーレムというのは、魔石に命令を刻んで動かしているに過ぎない。目の前にある土塊をゴーレムにしたところで、メイナードの命がよみがえるわけではなかった。
「せめてその体だけでも、魔王のもとへ連れていってあげましょう」
マーレーの足元が土へと変わり、メイナードの亡骸を飲みこむようにして取り込んでいった。屋上にあった土塊がきれいになくなった頃、マーレーは背中に気配を感じた。その気配に対して背を向けたまま口を開く。
「気配を消すのがうまいですねぇ。あなたは誰ですか?」
「辺境伯様の執事を務めております、カマランと申します。私からもお尋ねしたいことがあるのですが、このようなところにいらっしゃるあなたはどちら様でしょうか?」
「長き生を得た者、そのうちの一人だと言えば、分かってもらえますか?」
カマランは目を見開いたが、すぐに言葉を返した。
「……ええ。しかし、この土地は龍神セイ様の加護を受けております。あなた様はそれをご存知かと思いますが、そのうえでベール城にどんな目的があるのです?」
「そうですねぇ。どうしてこんなところに来てしまったのでしょうねぇ……」
「はい?」
カマランが怪訝そうに眉をひそめるのを無視して、マーレーは魔力の残滓がいまだに残っている北の空を見つめた。
「古い馴染みがいましてね。その彼のことが気になったのですよ。愚かな男でした。本当に愚かで……悲しい男……」
マーレーは独り言のようにつぶやいた。
腐れ神への恨みだけを糧にして生きていたのがメイナードだった。それ以外のすべてを犠牲にした結果がこれである。死ぬ間際になにを思ったか、今となってはそれも知ることができない。
「……どうせ頭の中は、復讐だけだったのでしょうがね」
片膝をついていたマーレーは立ち上がった。それと同時にカマランは身構える。
「なにもしませんよ。用事ができたので、行かせてもらいます」
「どちらへ向かわれるのか、お尋ねしても?」
「別にかまいませんが、つまらないことですよ。魔王に一矢報いてやろうかと思いましてね。ふふ、あなた方が言うところの敵討ちですよ。それでは、これで失礼しますね」
マーレーは飛行魔法で浮き上がった。そして、もはやカマランには目もくれず、北の空へ向かって飛んでいった。
「カマラン様、追いますか?」
姿を隠していたクールベがあらわれ、カマランに尋ねた。
「いえ、放っておきましょう。我らの手には余る相手です」
「はっ」
長き生を得た者とは、ドラゴンやダンジョンマスターといった人知を超えた存在を総称した呼び方である。ベール城が魔王の襲撃を受け、勇者ロナウドも大怪我を負っている状況で、これ以上の問題を抱えるのは得策ではなかった。
「魔王の出現をきっかけに、あちこちで動きが出てきたようです。これらの動きは一体どこに行き着くのでしょうか……」
カマランは険しい表情で北の空を見つめた。




