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3. 一年前の記憶 後編

「エトウくん、いい加減にしてほしい。効果のうすい補助魔法を認める訳にはいきません」

 ロナウドは、宿の部屋に訪ねてきたエトウを迷惑そうに見ていた。


 エトウが補助魔法を禁止されてから一ヶ月がたつ。

 エトウ自身は不当な命令だと感じていたが、勇者の発言力はあまりに大きかった。護衛の騎士や魔道士たちは、ロナウドの言葉に黙って従ったのである。


 そうした状況の中でも、エトウは魔力操作や補助魔法の訓練を続けていた。

 いつの日になるか分からないが、自分の補助魔法がパーティーの役に立つことを強く望んでいたのだ。


「勇者様、私の補助魔法は、身体能力と魔法攻撃力を向上させることができます。そして、その効果は徐々に大きくなっているのです。どうか私に補助魔法を使わせてください」


 ロナウドへの直談判は二度目であった。

 エトウは補助魔法の本当の力を見てもらえれば、きっとロナウドも認めてくれると期待していたのだ。


「マンティコア戦では、それがまったく機能しませんでしたよね」

「私の補助魔法は、私自身やラナ、護衛の騎士や魔道士には効果があるのです。もう一度試してください。戦術さえ整えれば、必ずパーティーの役に立ちます」

「エトウくんに補助魔法を使わせるために、パーティーの戦術を変えろというのですか?」


 ロナウドの視線が鋭くなる。眉間にはしわが寄り、いらだっているのが分かった。


 だが、エトウはここで引くわけにはいかない。なんとしても補助魔法の禁止を解いてもらいたかったのだ。


「私が護衛騎士や魔道士に補助魔法を使い、戦闘ごとに陣形を整えれば、勇者様の負担も減ると思います」

「必要ありませんね」

 ロナウドは吐き捨てるように言った。


「エトウくん、話はそれで終わりですか? それならば、もう話すことはありません」

「勇者様、どうかもう一度、私に機会を与えてください。私は補助魔法を使ってパーティーに貢献したいのです」


 ロナウドは大きなため息をついた。

 

「そこまで言うのなら、ここではっきりさせておきましょう。補助魔法が役立つことを私に見せてください」

 ロナウドはそう言うと、専属の侍女に命じて護衛の騎士と魔道士を集めた。ミレイとラナは外出しており、連絡がつかなかった。


☆☆☆


 町の外までやって来たエトウたちは、街道脇の草原へと向かった。


「この広さならば十分に力を発揮できますね。さぁ、エトウくん、補助魔法の力を見せてください」


 もう一時間もすれば辺りは暗くなるだろう。エトウは急いで騎士や魔道士に指示を出すと、彼らに補助魔法をかけていった。


「このように、補助魔法によって筋力とスピードを向上させた騎士が壁役となり、魔法攻撃力が増した魔道士が中・遠距離攻撃を行います。攻撃と防御に厚みが出るため、想定外の事態が生じたときでも、勇者様が対応するまでの時間を稼げるはずです」


 これがエトウの答えだった。補助魔法の力は成長しているが、今すぐロナウドを大幅に強化することはできない。


 その代わりに、補助魔法で強化した護衛の騎士や魔道士を参加させて、戦闘を安定させるという提案を行ったのだ。

 エトウは期待を込めた眼差しでロナウドを見つめる。


「エトウくんの意図していることは理解しました」

「それでは認めてくださるのですか!」

「エトウくんは勘違いしているようですね」

 ロナウドはあきれたようにため息をつく。

「勘違い……ですか?」

「ええ。神託によって勇者に認定された私が、魔物を倒していくことに意味があるのです。護衛の者たちには、魔物の調査や町中での警護をしてもらいます。彼らに補助魔法をかける必要はありません」

「そんな……」

「私が求めるのは個の強さです。女神様の使徒である我々が魔物を倒すことで、民は安心して生活が送れるのですよ。エトウくんにはそれが理解できないのですか?」

「理解はしているつもりですが……、それは個の強さにこだわり過ぎかと……」


 戦闘の場面で個人の強さは重要だが、賢者であるエトウの特性は補助魔法である。ロナウドの考え方は、賢者のあり方そのものを否定しているように見えた。


「私が間違っていると言うのですか?」

「いえ、そのようなことは。しかし、私も神託によって勇者様のパーティーに参加しています。個の強さよりも、補助魔法によってパーティーの役に立つことが私の役割ではないでしょうか」

「エトウくん、剣を構えてください」

 ロナウドは聖剣を抜いて、その切っ先をエトウに向けた。

「勇者様、なにを……」

「サポート役は護衛騎士と魔道士がいれば十分です。個の強さを証明してください。それが唯一、私に認められる方法ですよ」


 ロナウドがエトウに求めるのは、どうあっても個人の強さのようだった。それ以外の答えは許さないとばかりに、強い瞳でエトウを見つめている。


 辺りはもう暗くなり始めていた。これで終わってしまっては、次に話を聞いてもらえるのがいつになるか分からない。


 エトウは覚悟を決めた。剣を抜いて、自らに補助魔法を重ねがけしていく。


「勇者様、いきます」


 エトウはロナウドとの距離を詰めて斬撃を放った。エトウにとっては、スピードとパワーを底上げした渾身の一撃である。


 だが、エトウの剣が届くと思った瞬間、ロナウドは無造作に聖剣を振るった。するとエトウの体は大きく吹き飛ばされて、草の上に転がったのである。


「無駄な時間でしたね」

 気を失ったエトウを見ながら、ロナウドはつぶやいた。


 エトウは護衛騎士によって宿に運ばれたのだが、この日を境にして、エトウに対するサポートメンバーの風当たりはさらに強くなった。


 食事はロナウドたちと別にとるようになり、やがて宿の部屋もなくなった。最終的には報酬すらも渡されなくなったのだ。

 

 エトウの受難は一年間続くことになる。

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