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26. 帰還の日

 帰還の日、アウロラ王国の都アリストでは、国を挙げての祭日となった。


 民の中にはアウロラの存在をはっきりと信じている者もいれば、神話や伝説の類だと半信半疑の者もいた。アウロラは世代が何度も代わるくらいの間、後宮に引っ込んで外に出てこなかったため、存在自体を疑われていたのだ。


 そんな状況を理解していた彼女は、自分が天に帰ることを民に伝えないように申し渡した。わざわざ混乱をもたらす必要はないと考えたのだ。


 だが、国の主だった者たちは、なにもせずにアウロラを天に帰すことはできないと言い張った。せめて国を挙げての別れの儀式を執り行いたいと譲らなかったのだ。


 そこでアウロラは折衷案を提示した。湿っぽい別れは好みに合わないので、王国の建国記念日を新たに設け、お祭り騒ぎにして送ってほしいと願ったのである。そうすれば、自分がいなくなる影響を少なくしつつ、華やかに見送ってもらえる。アウロラの最後の願いを、国王のアシドは快く受け入れた。


 王城内にある広々とした庭園には、王国の重鎮が勢揃いしていた。その者たちに向き合って、アウロラは短い別れのあいさつを行った。


「――これまでご苦労だった。私がいなくなった後も、お前たちの手でこの世界をよりよいものにしていってほしい。それこそが創造神様の願いなのだからな」


 整列した者たちが深く頭を垂れる。


「……アウロラ様、本当に帰られてしまうのですか?」


 そう言ったアシドの目の下には深い隈が見てとれた。まだ三十代と若い国王だが、アシドはうまくやっている。側近たちもよく働く者たちで、アウロラがいなくなったからといって、すぐに国が傾くといったことは起こらないだろう。


「くどいぞ、アシド。私の役割はもう終わった。あとはお前たちの才覚で、国を発展させてほしい」

「……失礼しました。私が口にすべきは感謝の言葉でしたね。アウロラ様、これまで本当にありがとうございました」

「うむ、お前たちに必要なことは十分に伝えてある。大丈夫だ。天から見守っているからな」

「ははっ」


 アシドはどこか吹っ切れた顔つきになった。傍らにいた近習に命じて、盆にのった装身具のようなものを手に取った。


「アシド、それはなんだ?」

「はい、これはアウロラ様になにか贈り物をと考えまして、腕のよい職人につくらせたミスリルの腕輪です」

「ほう。時間もなかっただろうに、気を使わせたな」

「いえ、そんな……。よろしければ、私がお付けしますが?」

「うむ、頼む」

「失礼します……」


 アシドは慎重な手つきでアウロラの右手首に腕輪をはめた。サイズはぴったりで隙間もない。カチリと音がすると、はめ込んだ境目も分からなくなった。


「これは、地龍の魔石か?」


 腕輪の中央には、琥珀色に輝く美しい魔石がはめ込まれていた。


「はい。かつてこの地にはダンジョンがあったそうですね。アウロラ様は単身そのダンジョンに乗り込み、ダンジョンマスターの地龍を仕留めて帰ってきたと、歴史の講義で学びました。そのときに見せられたのが、この地龍の魔石です。そのもっとも貴重な部分をけずり、腕輪にはめ込みました。気に入っていただけるとよいのですが……」

「懐かしいな。あの頃は王都の影も形もなかった。龍脈の力を我らが利用するには、ダンジョンが邪魔だったのだ。そうか、そのときの魔石を残していたか……」


 アウロラは目を細めてその魔石を指先で撫でた。創造神の命によりこの世界に降り立ってから幾星霜、今日までの記憶が絵巻物を広げるようにして迫ってきた。そして、ついに帰る日が来たことをあらためて実感する。


「ふふ、この私が感傷的な気持ちになるとはな。アシド、それから皆の者、ありがとう。大事にする」

「ははっ」


 皆の顔を見渡した後、アウロラは無詠唱で飛行魔法を使った。その顔には普段あまり見せない満面の笑みを浮かべていた。


「涙など流さぬうちに立ち去るとしよう。皆、達者で暮らすがよい。さらばだ」

「アウロラ様!」


 あっけない別れだが、アウロラはこれ以上未練が残るようなことを望まなかった。そのまま天を目指して浮上していく。眼下に広がるのは美しい王都の街並みだった。


「やはり、帰還する頃合いだったのだな」


 ネメシスに好き勝手なことを言われたときには腹が立ったが、彼女の忠告は正しかった。


 ここまで整然とした街並みをつくれるようになったのだ。もう自分の力など必要ない。自然災害や魔物の氾濫、国家間の戦争など、これからもいろいろと苦難はあるだろう。だが、きっとこの世界の者たちだけで問題を克服していけるはずだ。アウロラは晴れ晴れとした気持ちでそう思った。


 そのとき、周囲の空気に雷のような光が走ったのに気づいた。


「なんだ?」


 アウロラは空を見渡す。雨雲などは見当たらない。

 そうしているうちに、再びすぐ近くで光が生じた。今度は先ほどよりも強い光で、パシッという鋭い音まで出た。そして、アウロラの頭になにかがぶつかったのだ。空の上だというのに、まるで天井に頭をぶつけたような感覚だった。


「今だ、結界を縮小しろ!」


 地上からアシドの鋭い声が響くと、アウロラの体が上から抑えつけられた。


「なっ!?」


 アウロラの飛行をはばんだのは結界だった。結界術はアウロラが民たちに教えた技術だが、そこに張られていたのは通常のものよりも何倍も強度があった。


「まさか、これは!?」


 アウロラはあることを思いついて、結界を構成している魔力をつぶさに見ていった。すると、すぐに自分の予想が当たったことに気づく。魔力を通す管が地中に引かれており、それが後宮の敷地内に建てられたある建物までつながっていたのだ。


 その建物内には、龍などの強大な魔物が襲ってきた場合に備えて、アウロラがつくらせた巨大魔道装置が設置されている。

 生半可な魔力では龍には通じない。そこで魔道具を固定式にして、地中から龍脈の魔力を吸い上げる仕組みを完成させたのだ。王都は龍脈の真上にあることから、その魔力を利用すれば強力な結界を広範囲に張ることができた。


 アシドたちは、この国に危機が迫ったときのために用意した装置を、アウロラを捕らえるために使ったのだ。


「私が教えた技術を、このようなつまらぬことに使いおって!」


 アウロラの顔が怒りに染まった。


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